※このインタビューは「言語化サロンisee」立ち上げ前に取材しました。
雑誌の仕事に憧れて、始まった
吉川康雄 雑誌編集の仕事をされていたそうですが、何かきっかけがあったんですか?
秦 亜衣梨 高校生の頃から雑誌の仕事に興味があって、それをいろいろな人に話していたら、大学時代に、講談社の『ViVi』編集部で編集アシスタントをしていた友人が留学することになって、彼女の後任として入ったのが始まりです。当時、ファッションエディター/ディレクターの軍地彩弓さんが同編集部にいらして、彼女に「雑誌の仕事をしたいけれど、編集者なのかライターなのか、スタイリストがいいのかわからない」と相談したところ、全員のアシスタントをやってみなさいと言ってくださって。
吉川 なんて優しい! 全部の仕事を体験させてくれるなんて。
秦 いま思うと、すごく優しいですよね。いろいろやってみて、自分は企画とかライティングがしたいんだとわかって。軍地さんがまさにそういうお仕事をされていたので、彼女のアシスタントとして、雑誌作りを一から学ばせていただきました。
吉川 軍地さんが秦さんの師匠なんですね。大学卒業後は出版社に?
秦 自分でもそこに向かっていろいろ活動していたのですが、もう一度軍地さんのところで勉強したくなって、当時彼女が『GLAMOROUS』という雑誌を立ち上げていたので、大学卒業と当時に再びそこでアシスタントをやりつつ独立して、その後に幻冬舎の『GINGER』に創刊メンバーとして入りました。5年ほどいて、今度はもう少しコンテンツを掘り下げることを学びたいと思うようになり、『FIGARO japon』に移りました。
吉川 もともとファッションや美容、どれを発信することに興味があったんですか?
秦 最初の興味はファッションからだったのですが、どんどん広がっていって……。『FIGARO japon』では旅やカルチャーなど、幅広くコンテンツを作っていました。いろんなジャンルを通して、総合的に女の人を幸せにできるツールが雑誌であると実感しながらも、媒体が雑誌だけではなくデジタル上でも増えていく中で、紙だけではない発信の引き出しをもっと増やしたくて、デジタルメディアの道に進んでみたんです。
吉川 秦さんはいろんなことを試しながら前に進んでいくんですね。
女性に新しい学びの場を
吉川 これからさらに新しいことを始めるための準備中と聞きましたが、具体的に教えていただけますか?
秦 デジタルメディアの編集長をしていたときに、記事の人気度がページビューという数字で一目瞭然になるんですが、数字を取る記事というのは、「これはやらないほうがいい」とか、「あなたって◯◯◯だからダサくない?」みたいな、ネガティブな表現を使った煽りタイトルのものが多く……。そういう現実には考えさせられました。
結局のところ、自分に似合うものを探したいという気持ちよりも、自分は普通からズレていないかとか、標準から外れるのが怖いと思っている人がたくさんいるということ。誰が決めたかもわからないトレンドとか、普通なんてそもそもないのに、そこに囚われている人がどれだけ多いかということを感じたんです。
吉川 “普通”への強迫観念というか……。
秦 そうですね。そしてそれを見ている女の子たちは、延々とそういう記事を見ている。まるで女の子に対する呪いのようですよね。
吉川 人はみんなそれぞれ違っていて当たり前なのにね。
だったら自分は、コンテンツを一方的に届けて、見てもらう状態を待つというところから一度離れて何ができるのかを考えてみようと……。
吉川 組織から離れて初めての自由なんですかね。
奏 今までもフリーランスという立場で編集に携わった時期もありますが、いつもチームで仕事をしていたのでそういう意味では初めての自由ですね。
そして思ったのがメディアを通してじゃなく自分が直接女の子たちに作用させることができないかなと。今は女の子たちの学びの場所を作ろうとしています。
でも何か世の中にないことを始めるって、腹をくくるというか、勇気が必要だなってつくづく思います。
吉川 僕も準備中なのでその気持ちわかります。でもそこには絶対待っている人がいるって信じることが先に進むモチベーションになりますよね。
その学びの場で何を伝えるんですか?
秦 私が情報発信をする仕事に携わってきて感じたことなんですが、この情報社会で女性にとって一番大切なのは、“自分が何者かを知る”ことなのではと。自分が何者かを知ったり、知る過程でその派生としてファッションとの出会いがあったり、ビューティで自分を彩るみたいな手法があると思うんです。
今はSNSの影響がすごく大きくて、自分自身と向き合う前に他人と比較したりして不安になったりしてしまうことがある。だからまずは自分自身を知って、課題も見つけた上で次のステップをどうするか、未来をどう作っていくのか、そういうことをフォローできるような場所を作りたいと思っています。
吉川 僕もそれに近しいこと、“すべての女性がそれぞれの美しさを持っているからそれに気づいて!”って伝えようとしているんですが、メッセージだけだと抽象的で、女性たちは「じゃあ、私の顔はどうしたらいいの?」って思っているんですよね。たった一度の人生を楽しむために自分を受け入れて好きになるって大切だと思うのですが、そこにいってもらうためには、そのサンプルをひとつひとつ、具体的に見せてあげることが大切なのかなって。
己を知ることの大切さ
秦 トレンドや世の中の風潮についていくのは楽だし、ある種の安心感があると思うのですが、そのままだと何も変わらない。自分らしさを大切にすることに気づいてアクションを起こすのは、自分の未来を作るためには絶対に必要なことだから、いろいろな手法を使いながら、その手助けをしたいんです。今日こうして吉川さんにメイクしていただいたのも、己を知ることのひとつの手段ですし、エンパワーメントだなあって改めて感じました。
吉川 メイクは自分を触る行為だから、自分に対する気持ちがそのまま表れちゃいますよね。たとえばメイクをしていてうまくいくと自分に“綺麗!”って言っちゃうでしょう?それって自分に対するとっても大切な気持ちだと思うんです。自分にポジティブな気持ちで向き合えるきっかけを作れるもののひとつとして、メイクとか美容は最適なのでは。
僕は今日秦さんと初めてお会いして、ふわっと軽やかな空気感が魅力だと思ったので、セクシーとか豪華とかにしようなんて全然思わず元の雰囲気が消えないようにメイクさせてもらいました。
秦 実は今日のインタビュー前に、吉川さんから「愛用のコスメを持ってきてください」というお題をいただいた時に、それが自分自身を振り返るきっかけにもなりました。
吉川 というと?
秦 自分が愛用しているリップを持ってこなかったんですけど、それには理由があって。私が普段使っているリップは、これを使っておけば無難だとか、今っぽいとか、総合的に考えて選んでいただけで、自分の意思で選んだリップではなかったと気づいたから。このリップは、本当に自分と向き合って使いたいと思っているものかと考えたら、そうじゃなかったんです。
吉川 今日のメイクで僕は、ピンクとオレンジのリップ、どちらにするか聞きました。
秦 はい。どちらも塗ったことがない色のリップでしたがしっくりきましたし、自分自身と向き合っていたら、こういう色の選択もあったのかもしれないなって。だから今日の吉川さんのメイクは本当に驚きの連続でした。普段はブラウンのリップばかりつけるので、こういう淡いピンクのリップって“NEW ME”だけど、もしかしていつもよりも自然な自分がいる感じです。
吉川 みんな何かしらトラウマがあって、この色は似合わないとか思い込むけど、僕は本当は似合わない色はないと思う。みんなもっとメイクを自由に楽しめるようにって思います。
今はコミュニケーションの転換点
秦 私、百貨店のビューティカウンターが好きでよく行くんですが、色を指名してお試ししているお客さんが多くて、びっくりします。そんなに自分で決められるの?って思っちゃう。
吉川 今はいろんな情報があるから、調べて欲しい色目指していくんですよね。
秦 そうです。でもそれは、誰かが似合っていたという情報であって、必ずしも自分に合うものではないですよね。人の情報だけを信じて行動すると、新しい自分に会うチャンスを逃してしまうんじゃないかと。
吉川 多くの女性は、自分の個性より世の中の誰かが決めた“綺麗の正解”を目指していて、失敗したくないからそこには載ってない知らない色を触るのが怖いとか?
でも、美容って人生の中でずっと女性の傍にあるものだから、もっとみんなが自由に楽しめるような価値観を伝えていかないとって思います。
秦 わかります。取り入れてもらうための手法が、今まではモテとか好感度とかトレンドとかだったけれど、それはもはや前時代的。これからは、“自分にとって何が必要か”を考えて吟味しないと。
吉川 日本は人のことを気遣う文化だから、そのいいところはあるけど、周りを気にしたり、誰かに好感を持たれることを気にする前に、自分を大切にできているのかなって。本当はそれが最初にあるべきなのに。
秦 若い女の子と話して感じるのは、ものすごい量の情報をインプットしているので、こういう風に見せておくのが今の時代の正解、という勘は働くんです。だからすごく演出上手で、人を尊重するし、自分らしさといった言葉も使うけれど、少し無理が生じているように感じることもあります。なんとなくこうすればいいと演じられるからこそ、逆に深刻。そこに気付き始めて悩める女性にこの新たなオフラインのコミュニケーションの場でお手伝いができたらって思います。
吉川 そういうのって今のテクノロジーが作り出している問題だから日本だけじゃなくってアメリカでも多いのですが、そういう人にカウンセリングをするところって、実はアメリカにはたくさんあって、日本にも必要だなって思っていました。
秦 そうなんですね。私の周りに何か真似したいロールモデルがあるわけではないので1から始めている感じですが、初挑戦なことが多くて勇気も必要なので、今はもうちょっと行動力がつきますようにって、毎日お祈りしています(笑)。
でも、新しいことを始めると、今までとはまた違う方々とお会いして、いい意味での驚きや刺激を感じます。エネルギーは有り余っているので(笑)。あとはきちんと形にできればいいなと思っています。
愛用プロダクト
吉川 秦さんが普段使っているリップを見られなかったのは残念だけど(笑)、愛用品を見せていただけますか?
秦 これは愛用品というよりも、込められた想いを傍に置いておきたくて大切にしているものなのですが……「オペラ」というプチプラリップのブランドがリニューアルする時にいただいたものです。
塗るとじゅわっと潤う質感が特徴なので、今までは、モテそうだし、可愛く“見える”、という他者目線を意識したコミュニケーションだったんです。それが、ブランドリニューアルのタイミングで、“他者目線の自己肯定ではなく、自分で自分を肯定する”というようなメッセージに変えたんです。それにすごく共感して。
これは特別ボックスなのですが、鏡を見ながらいろいろな色を試して、新しい自分を見つけてほしい、という想いを込めて、絵の具のパレットのようなデザインにしたそうなんです。若いブランドがこういうコンセプトを発信することが、すごく素敵だなと思いましたし、このメッセージを発信された作り手の方々の想いを考えると、今でも心がじんわり温かくなります。
秦 もうひとつが、「YUMEDREAMING」のヘアパフュームです。
新しいことにトライしようとするとき、不安や期待や、いろいろな感情がごちゃ混ぜになって、自分の気持ちを整理しきれないことがあって。そういうときは、頭で無理して考えず、自分がその時に選ぶ香りで、自分の状態を客観的に見るようにしています。
髪のツヤも出してくれるヘアパフュームですが、朝、好きな香りを直感で選んで、シュシュっと頭に吹きかけると、優しい香りに包まれて自分の軸がはっきりするような感覚になります。3本並べてみると、このなかでは一番エネルギッシュな香りの「sun」が減っているから、気持ちを奮い立たせたいのかもしれないですね(笑)。
Photos / Interview : Yasuo Yoshikawa
Text : Tomomi Suzuki
撮影協力:BoConcept青山本店