from Japan

ファッションでも笑顔になって欲しい

薬師神葉子 『MORE』副編集長

▼Profile

薬師神葉子 YOKO YAKUSHIJIN

1995年、集英社に入社。『MORE』編集部を経て、2000年新雑誌準備室当時から『BAILA』創刊にたずさわり、2015年同誌の副編集長に就任。2017年より『MORE』副編集長に。入社から現在に至るまで、一貫してファッション畑を歩む。趣味は海外の授賞式鑑賞と読書、スポーツ観戦。

思いがけずファッション誌の編集者に

吉川康雄 ずっとファッション誌の編集を担当されてきたんですよね?

薬師神葉子 入社して最初に『MORE』に配属されて、『BAILA』には2000年の創刊準備室から17年ほどいて、3年前にMOREに戻ってきました。

集英社に入ったのは大学の教授に勧められてだったんですけど、書籍編集方面だと思っていたので、私がファッション雑誌に配属されたことに自分も同期も全員驚きました。ただ、結果的にはキャリアのほとんどがファッション担当ですね。

写真左 MORE9月号(通常版)/写真右 MORE9月号(付録なし増刊版)
MORE 9月号 好評発売中

吉川 ファッションを担当する人から美容って、どんな風に見えました?

薬師神 最初の『MORE』の時は、ファッション班の先輩方が美容のテーマも担当していて。ファッションと美容の主人公が一緒な感じだと思っていたんですけど、ある時からファッションの主人公と美容の主人公が違うなって。なかなかそのあたりのリンクが、できているのかいないのか……。今もテーマプランを練る時は、できるだけ主人公が一緒だといいなとは思っていますが。編集者でも両方詳しい人は、いそうでいないですよね。

吉川 雑誌の編集者って、どうしてもファッションの担当か、美容の担当か分かれてきますよね。雰囲気も違いますし。

薬師神 美容の専門誌があるだけあって、深く掘り下げる面白さがある分野だと思いますが、今や男性がメイクする時代なのと同じで、編集者もボーダレスになってもいいのかな。

吉川 僕も、美容にもいろんなジャンルがあっていいんじゃないかなって思います。

薬師神 今の『MORE』読者に聞くと、洋服のブランド名はすらすらと言えなくても、「今日はどこのリップつけてるの?」と聞くと、ブランド名やアイテム名がすぐに出てくるんです。

ずっとファッション誌にいて、今、あまりファッションに興味を持ってもらえていないぞ、と思った時に、果たして美容の方々が一生懸命やってきたように、自分たちがファッションのブランド名を覚えてもらう努力をしたかというと、足りていなかったかもしれない。

吉川 ビューティがここまで伸びたのは、女性たちの知る楽しみが刺激されたというのはあるかなと思います。僕たち作り手の思いとしては細々とした知識を取っ払って簡単にしてあげたいっていう気持ちもありますけど、受け手はその細々も好きだったりして。奥が深いと入り込む。いつの間にかブランド名やその特徴を全部知っている。CHICCAファンなんていうのは相当凄くて、CHICCAの商品開発に入れそうだななんて思っちゃいました。そういう感覚って絶対楽しそうですもん。

薬師神 そのあたりを深掘りしなかったのかもしれないので、「美容を覚えると楽しいなら、ファッションも覚えたら楽しいよ」みたいな、伝え方を変える必要があるのかもしれません。女の子たちが、「このリップ恋愛に効くんですよね」とか、好きなコスメのことをニコニコしながら話しているのを見ると、羨ましくなっちゃって。ぜひファッションでも笑顔になって欲しいな。

吉川 ファッションとビューティは同じ目的なんだから、もっと近づけられたらキレイが広がって、よりいいですよね。ファッション好きの人がビューティの知識を入れようと思って美容誌を見ても深掘りされすぎていて入りにくいから、ちょうどいいものがあるといいのにって思います。たとえば、赤い口紅に今年の服をどう合わせるとか。メイクが好きな人がこれだけ増えているんだから、メイクが入り口でファッションにつながる企画があってもいいんじゃないかな。

薬師神 なるほど。ファッション誌だと、先に洋服がくるので、シャツを着た日のメイクとか、グレーの服を着た日のメイクとか、ファッション起点のメイク特集はあっても、このリップを買った日のファッションという記事はやれていないかもしれません。

でも、私も今日吉川さんにメイクしていただいてすごく気分が上がったので、じゃあこんな洋服にしようとか、メイクから決めるのも楽しいですよね。

吉川 顔からはじまっても洋服からはじまっても結局は素敵っていうところに向かうわけですもんね。だからその日気になるものから始められるようになれたら楽しいですよね。

コンプレックスがチャームポイントに

薬師神 私、このインタビューに登場されている方の中で、いちばん美容偏差値が低いと思います。入社してしばらく、会社にすっぴんで出社していたし(笑)。

吉川 すっぴん、全然良いじゃないですか! いろんなビューティがあるから美容に正解はないって僕は思っています。

薬師神 さすがにこのままではマズイと思って、1、2回ぐらい、ヘアメイクさんのところに行って、メイクのやり方を習ったことがあります。

吉川 実際にやってもらってどうでした? 

薬師神 第三者から見た自分はこうなんだ、というのがわかって面白かったですね。

自分では太い眉毛があまり好きではなかったけれど、ヘアメイクさんがメイクしてくださる時に、「この眉を活かしましょう」とおっしゃって、あ、そうなんだって。自分ではコンプレックスだと思っていたことが、メリットというか、いい風に変わるんだなと発見しました。

吉川 お料理もそうだけど、素材を活かすのが一番いいですよね。

薬師神 私はそう思えたからよかったけれど、今の若い子たちはイエベとかブルベとか、自己分析をしてもらうのが好きな子たちが多い印象があります。自分では気づかない魅力を指摘されるとうれしい、みたいなことなのかな。

吉川 確かにそうかもしれない。

素材を活かすという意味では、薬師神さんのまつ毛もそう。短いけどしっかり生えているから、目を美しく強調できる。でも多くの人は「美しいまつ毛=長い」と信じるから短い人は長くなることを何よりも優先するでしょ? 無理に長くしてもひじきみたいになって悪目立ちするだけなのに。まつ毛は長さに関係なく美しいって思えたら、あとはまつ毛らしい美しさで目元を強調するだけ。そのために一番大切なのは実は根元なんです。ビューラーでまつ毛を上向きにして、根元にしっかりとマスカラをつけると、アイラインを引いたようにパキッとした印象になります。

薬師神 自分でマスカラを塗る時は、毛先までしっかりだったけど、違うんですね。

吉川 みなさん長く長くって毛先ばかりマスカラをつけますけど、それは不自然なんです。毛先はちょっとで根元にたっぷり、僕は最後に指で毛先の余分なマスカラを取っています。 

薬師神 セルフメイクの時とは全然違う! 今度自分でもやってみます。

吉川 先ほど美容偏差値が低いからすっぴんとおっしゃっていましたが、真っ赤な口紅が似合ってメイクを楽しんで人もいるけれど、それが際立ちすぎて自分の中でしっくりこないなら、無理する必要もなく、それもお洒落だなあって思うんです。似合わないものを無理しているほうが、よっぽどみじめだから。どんなにそれが流行っていても、自分らしさを大切にしたほうが素敵だなって思います。

薬師神 ここ最近、ようやくアイメイクが面白いなって。遅すぎですけど(笑)。

吉川 メイクは上手とか完璧だからって素敵ってわけでもないから。それよりも薬師神さんの場合はほどよく、あんまりきつくする必要はないというのが僕からのアドバイスかな。

可愛い! を楽しむ『MORE』世代

薬師神 編集部を異動してきて感じることといえば、入社して最初に配属された時の『MORE』と、今の『MORE』が良くも悪くも全然違っていて。読者の年齢層はあまり変わっていないけど、世の中の20代が変わっていたりとか、表現方法が違っていたりするのが面白いですね。

それと、世代ではターゲットが30代の『BAILA』と、20代の『MORE』では、年齢がほんの少ししか変わらないのに違うなって。

吉川 いろんな違いを感じたみたいですけど、何が違うんでしょう?

薬師神 なんだろう。自分でもまだその答えを見つけられていないんですけど……。

例えば“可愛い”という言葉を、昔よりも多く使っているかもしれません。でもそれは、いいことかもしれない。今の子たちは、20代にしかできない“可愛い”を楽しんでいる気がします。

吉川 昔は“可愛い”という言葉の意味がしっかりあって、そういう時に使っていたけど、僕もある時、“可愛い”の意味が広がっているのを感じて……。今は20代でやりたいことを“可愛い”って呼んじゃっているのかも知れませんね。それはもちろん他の世代にも広がっていると思いますけど。

ニューヨークで“KAWAII”の意味を説明することがあるんですけど、「KAWAIIは、今はキュートっていう意味だけじゃなくってキレイなことやかっこいいことすべてのポジティブな意味に広がっている」って言っています。

薬師神 この間も読者に会ったときに、「きちんとした格好は30歳を過ぎたら、この先ずっとしなくちゃいけないから、今は着たい服を着たい」って。

吉川 若い時って上の世代に上がっていく未来への不安が大きいですもんね。そういうのってエイジングに対する拒絶にもつながるし……。

薬師神 そういう意味でファッション誌って面白いなって。確かに「きちんとした服」は、着ている期間が長いけれど、可愛い!とか、楽しい!とか、そういう服には賞味期限がありますよね。もちろん、30代には30代の、40代には40代の楽しみがあると思うんですけど。

吉川 確かに。ファッションだと「大人っぽくて素敵!」っていうのが受け入れやすいですよね。それが伝えられるのがファッションなら、美容とファッションがうまくつながったらいい感じに大人になっていけそうですね。

薬師神 私は『BAILA』の時に連載を担当したスタイリストの辻 直子さんから、大きな影響を受けたんです。

吉川 辻さんのこの本『「6割コンサバ」の作り方』(集英社刊)っていうタイトルなんですが、この6割っていう絶妙な抜け感率、想像するとすごく気になりますね。薬師神さんが編集を担当されたんですか?

薬師神 はい。映画とか音楽の話とか、おしゃれって、いろんな楽しみ方があるよね、という話を彼女としたのが、すごく楽しくて。ファッションスタイリストだけど美容も大好きな方なので、連載の中でも、この香水に合う服を考えようとか。こういう女の人がいて、そこから観ている映画とかリップとか、お休みの日はここに行ってとか、女性像を妄想というか想像したり。彼女にいろいろなことを教えてもらったのが、今も大きく残っていますね。6年前の本ですが、今見てもコーディネートが古くないのがすごいと思います。

吉川 ファッションとビューティ、ライフスタイルまで主人公が一緒になっている方なんですね。僕もそれ、目指しています。そんな薬師神さんの愛用品を教えていただけますか?

薬師神 これはよく身に着けているアクセサリーです。私はエディ・スリマンが「ディオール・オム」のデザイナーだった時にそのクリエイションになぜだかすごく憧れてしまって。ジャケットやトレンチコートは今も持っているんですが、このリング(写真手前)もその時代に買ったもの。これひとつで済んじゃう感じが好きなんですよね。もうひとつは「gren」のもの。昔のボタンをアレンジしたデザインで、どんな服にも合わせます。デザイナーの山田みどりさんもとってもチャーミングなんです。

吉川 エディさんは僕も大ファンです。ディオールからセリーヌサンローランに移籍して服を作っていっても彼のスタイルと美意識が全然ブレない。“どこに行ってもエディ”。これらの有名ブランドよりもエディが好きですもん。クリエーターとして尊敬しています。

吉川 トム・フォードの作るものってスタイリッシュでセクシーで大人っぽい。かっこいいですよね。このボトルもステキですねやっぱり。

薬師神 トム・フォードは『シングルマン』や『ノクターナル・アニマルズ』など映画も素敵ですよね。この香水はもう何年も前にもらったもので、香りもボトルもお気に入り。どちらかというとクセのある香りですが、持っている中ではつけていていちばん褒められる香水かもしれません。

薬師神 これはイギリスの空港で思わず買った「ヴィクトリア・ベッカム・ビューティ」のアイシャドウです。それこそ何年も経っているのでいわゆる使用期限はすぎているんですけど、パッケージデザインが素敵でずっととってあるんです。使う以上にそのデザインをながめて満足しちゃってるかもしれません(笑)。

吉川 ヴィクトリア・ベッカムさんの化粧品は初めて見ました。キレイですね。僕も化粧品を作ってきましたけど、こういうこだわりのパッケージ、大好きです。こんなステキなもの、なかなか作れるものじゃないと思います。アイシャドウがなくなってもパッケージを捨てられない感じの美しさですね。

 

Photos / Interview :  Yasuo Yoshikawa

Text : Tomomi Suzuki

取材を終えて

After the interview

薬師神さんとは初めてお会いしてお話ししました。

見た感じ、ちょっとボーイッシュで知性的な印象。コンサバなようでそこら中にコンサバとコントラストを作る“抜け感”が散りばめてあって……。そのバランスが、本当に「6割コンサバ」なんですね。

話していると優しく柔らかい口調の中に薬師神さんの興味や考えがしっかりとあって、どことなくみた感じの「6割コンサバ」とパーソナリティーまで僕の中で合致したような気がしました。

実は6割コンサバって全然コンサバじゃなくって、社会性を程よく保ちながら自分らしさを楽しむっていうことなのかなあ。

 

吉川康雄