休むことで視野が広がった
吉川康雄 今日お邪魔している「Anti/Ours(アンティウルス)」、まるでお花屋さんみたいな空間で、ヘアーサロン特有の香りがなく、グリーンのフレッシュさに元気が出ます。新しい感覚の素敵な内装ですね。
根来かおり 花屋と美容室のコラボサロンなんですよ! 私は本店の「ANTI」の勤務なんですけど、お花の匂いに癒されますし、少しでも時間が空いたらこちらに来ています。
吉川 ところでかおりさんの美容師のキャリアはどれくらいですか?
根来 20年ぐらいです。あっという間で、気づいたら上にいた感じです。
吉川 今日は僕がメイクと撮影をさせてもらいましたけど、いかがでしたか?
根来 楽しかったです! 今はコロナもあって機会が減ってますけど、ネイルサロンに行ったり、誰かにお化粧してもらったり、出来るだけ人にデザインしてもらう経験をするようにしていて。人にやってもらうと、自分が隠そうとしている部分を生かしてくれたり、自分にはない発想と出会ったり、色々な気づきが得られるんですよね。
吉川 勉強熱心ですね。
根来 何でも面白がるようにしています。
吉川 美容師さんは閉店後に練習会をすると思いますけど、時にはそういう仕上がりを自分で写真撮ったりするんですか?
根来 撮ります。今はカットやパーマの練習をしたら、撮影してSNSにアップするところまで教えます。最近は美容師もSNSで集客するようになっていて、昔のようにヘアカタログなどの雑誌を見て来店されるお客様は少なくなりましたね。
吉川 僕も昔は美容師やっていましたけど、その頃は本当に自分の時間なんてなかったですよね。昔はやたらに練習したから。
根来 確かに、30代の前半ぐらいまでは自分の時間はなかったですね。逆に予定が空くのが不安で、スケジュールがぎっちり入っているのがいいと思っていました。
吉川 そうなっちゃうと、キリがないでしょう? そのまま仕事ばっかりの生活になっちゃう人も多かったのでは?
根来 そうですね、年齢を重ねるうちに体の調子も変わってくるので、今は休日はきちんと休むことを意識しています。
吉川 このお店のように青山にあるようなヘアサロンには、お客様は技術的なものだけじゃなく、おしゃれとか、感覚的なものを求めてやって来るんですよね。でも、美容師さんが仕事一色の人生を過ごしていると、美容の発想しか出てこなくなっちゃう。
根来 イチローさんみたいに一つのことをずっと追求し続ける天才もいらっしゃるけれど、美容師こそいろんなタイプの人がいて良いと思うんです。色々なものや色々な人を見て、経験して、感じたものをデザインしていく。私はそうやってデザインの幅を広げています。
吉川 野球と違って美容師は点数がつけられない仕事だからね。“おしゃれな感じ”を求めているのなら、ただ技術だけ一生懸命勉強するのではなく、いろんな価値感を持てるようになるといいですよね。
根来 私は中学生ぐらいまで優等生で、100点を取ることで安心するタイプだったんです。ひたすら点数を取ればいいと頑張っていましたけど、今はそういう真面目な部分と、いい意味でいい加減な部分と、両方を持つようにしています。
吉川 先ほどきちんと休むと言ってましたけど、そういう時間を取るというのが一番お客さんが求めてることなんじゃないかな。休みに色んな人と会ったり、見たりとか。
根来 そうなんです。今日のようにメイクをしてもらうとか、美味しいご飯を食べるとか、そういう経験をたくさんして、お客様に共有することでその方にも楽しいと思ってもらいたい。なので美容以外で面白いと思うことを探して、どっぷり浸かるようにしています。
興味の幅は広く!
吉川 面白いと思うことは見つかりましたか?
根来 たくさん見つかりました。ランニングを始めたり、最近では山登りもするようになって。これはトレッキングシューズなんですけど、これを履いて富士山に登ったんです。最初は週に1回ぐらい日帰りの山登りから始めて、自分に出来ないことや、自分の思い通りにならないことがあるのが面白くてハマりました。
吉川 僕のアメリカの自宅の周りにも山がいっぱいあるから、ハイキングしたりしてます。気持ちいいんですよね。
根来 楽しいですよね。知らないことが多い環境に身を置くのが。山登り中に知らないおじいさんに話しかけて一緒に登ったり。私の場合、仕事で教えてもらうことが少なくなっているから、その道何十年でやっているベテランの方にいろいろ教えてもらいたいんでしょうね。あとカレーが大好きで、カレーだけのインスタグラムもやっています。ネパール、スリランカ、インドのスパイス料理がとくに好きで、たくさん食べ歩いているうちに、素敵な出会いがあったり。美容師にはいないタイプの人に話が聞けたり。どんどん輪が広がるんですよ。そこで受けるインスピレーションもとても面白く、刺激的です。
これは私がよく行くモダンネパールレストランADIで出しているチャイとスパイスを使ったスコーンです。
吉川 インド料理はバラエティ豊富ですよね。僕もインドに行ったとき毎日食べましたが、全然飽きなかったです。
根来 ある時インド料理屋さんで手で食べてみたら、これがもう、楽しくて楽しくて! 「こんな世界があるんだ!」と新しい世界の扉が開きました(笑)。インド料理だったりネパール料理は、体のことを考えて小麦粉を使っていないのもいいなと思う理由のひとつです。不思議なことにスパイスにハマりだしてから、風邪をひかなくなったんですよね。スパイスの効果なのか、気持ちが上がってるからなのかわかりませんけど。
吉川 この綺麗なボトルは何ですか?
根来 「ネロリラボタニカ」というスキンケアブランドの美容液で、化粧水とオイルをシェイクして使うんです。このブランドのコンセプトが素敵で、「心の再生」「肌の再生」「地域と土壌の再生」を追求しているそうなんです。これを使うことで私もハッピーになれるし、原料を栽培する地域の人々もハッピーになれるので、使っていて気持ちがいい。何よりこのビジュアルも私好みで、見るたびにパワーをもらっています。
美容師は正解がないからこそ面白い
吉川 昔に比べて美容師の練習量は減ってきていると聞いていますが、どうなんですか?
根来 そうですね。一理あると思いますが、練習時間が少なくなった=昔より下手ではないと思っています。“見て盗め”という時代から、教え方を工夫してお互いに効率よく技術を習得できるよう改善されてきたと思います。教える技術を工夫すると、自分自身も成長できますしね!
吉川 お寿司屋さんの修業とかでもそうですけど、洗い物だけを5年もやらされたりとか、そういうのってそれだけですごく大変そうで……。でも、その意味ってなんだろうって思うことがあります。あまりにもガチガチに厳しく育てて、元々あった良いものや個性が消えちゃったらもったいないなって思うんです。
根来 昔は、これがよしとされている美容師像があって、そこにフィットしない子は弾かれてしまう感じでしたけど、今は多様性の時代ですし、美容師だって色んなキャラクターがいていいというムードがありますよね。
吉川 確かに。技術は大切だけれど、技術ばかりアピールされてもお客様は困っちゃいますよね。
根来 私も、お客様がイメージする「こういう女性になりたい」という想いを汲んだ上でデザインを提案できるようになったら、お客様が増えました。美容師って、ヘアスタイルという正解がないものを商売にしているので、いかにお客様に共感できるか、気持ちを汲み取ることができるかが大切だと思うんです。
吉川 僕も今となっては正解のない美しさの形を楽しく探してますが、なりたての頃って正解を求めるほうが簡単だから、そういう仕事をしちゃいますよね。
根来 まさにその通りです! 私もアシスタント時代は、言われたオーダーに忠実に答えようとしていました。あと、「何が正解か」という意味では、お客様もセオリーに縛られている方が多い印象ですね。例えば「私の肌色にこの色は似合いますか?」とか、「私の顔は面長なので、この髪型はダメって書いてあったんですけど」とか、よく聞かれるんですけど、そういう風に考えるとあまり楽しくなくなっちゃうなって……。
吉川 きまりはないって言われると、難しいんでしょうね。
根来 「あなたの場合はこう」とか、ズバッと言ってもらうほうが安心する人が多いですよね。ネットの記事を見て「こう書いてあるから私には似合わないんです」って決めつけている方が多いなと思います。メイクの場合はどうですか?
吉川 メイクにも答えはないと思うけど……。自分で考えたくない人には、きまりがあったほうが楽なんだと思う。でも本当は人に決めてもらうより、自分のキレイを自分で探した方が、いろんな自分のことがわかってくると思うから人生にとっていいことだと思うし、その道のりも一緒に楽しんでエネルギーになったらいいなっておもいます。
根来 私も自分の存在が、お客様が自分なりのキレイを見つけるきっかけになるといいな、と思いながら日々仕事をしています。休日は仕事モードから離れて、山登りをしたり、カレーを食べたり、走ったり、色々な所で刺激をもらって発想が滞らないようにしたいですね。
Photos / Interview : Yasuo Yoshikawa
Coordinate / Edit:Maki Kunikata
Text : Tomomi Suzuki