アンティークと衝撃の出会い
吉川康雄 クリエイティブな職業に就いたのは、何か小さい時からの影響があるんですか?
稲田梨沙 いえ、まったく。うちは芸術的な家ではなかったんですけど、祖母が趣味で日本画を描いていて、子供の頃から美術館や博物館に連れて行ってくれたのでアートを見る習慣はありました。アートもファッションも好きでしたけど、それを仕事にできるほどの才能があるとは思えなくて。仕事も何回か変わりましたし全然定まらなくて……、20代は苦しかったですね。
吉川 大学を卒業して、少し働いた後、イギリスに行ったんですね。
稲田 ええ。28歳の時に「行っちゃえ!」と思って、仕事を辞めて留学しました。ロンドンのパ
ンク感が好きだったんです。
吉川 ロンドンって独特ですよね。例えばホテルのインテリアでも、超モダンと超クラシックがその原型のままで同居してデザインされていたりして、それがロンドンにしかないスタイリッシュな形になっている。パンクもそこに決して馴染まないままで……。全部が同じ場所に融合しないままの風景なのに美しい。かっこいいなって行くたびに感じます。
稲田 そしたらアンティークジュエリーに出会って、もう感動して「これを仕事にしよう!」と。
吉川 いきなりそう思っちゃうところがすごく素敵です!
アクセサリーって、シンプルなものからデコラティブなものまで、ある意味全てデカダントだなって思うんです。つけなくてもいいものだけど、つけるとしたら絶対的に好きだからで、昔からずっと続いてきたピュアな嗜好品なんだなって思います。
だからアンティークジュエリーっていうと、メチャクチャその道の通がやっていることってほとんどですよね。その偏愛されてきたジュエリーのウンチクを語ってくれたりして。でも、その感じっておしゃれっていうよりもマニア感が強い感じがして、そこがちょっと苦手だったんですけど、稲田さんのは違う。いい感じで軽さが伝わってきます。
稲田 そうですね。服は着なくてはいけないけれど、ジュエリーって身につけなくてもいいものですよね。それをつけ続けているところに面白みを感じます。
ジュエリーもファッションも同一線上にあるもの
稲田 日本に入ってくるアンティークはクラシックなものが中心なんですけど、もっとアヴァンギャルドなものもあるんですよね。そういうものを日本で私が扱うのは、意味があるし面白いなと思って。
吉川 日本の場合、多くの人が同じ物を欲しがりますよね。“あそこのこれ”みたいなステータスに憧れたり。
稲田 アクセサリーに関して日本は保守的なので、meltingpotを立ち上げて7年経ちましたけ
ど、結局クラシックな普通っぽいものが売れるので、そこは難しいですね。
吉川 そんな中でやっていると、時にくじけそうになるのでは?
稲田 正直、なります。コムデギャルソンさんが取り扱ってくれてなければ辞めていたかもしれません。理解してくれる人がいたから、救われた部分はありますね。
吉川 おしゃれとしてその魅力を伝えるためには、洋服と一緒にプレゼンテーションしたほうが伝わりやすいでしょうね。
稲田 それも私のこだわりのひとつで、コムデギャルソンさんをはじめ、お洋服を売っている場所で売っていただこうと。洋服やファッションの延長線上にジュエリーがあって、その中のひとつにヴィンテージやアンティークも入れてもらいたいんです。これはロンドンのミックス感覚とも繋がるんですけど、現行のお洋服を売っている場所に置いてあって、「これヴィンテージなんだ」という感覚でお客様に買っていただけたら嬉しいですね。昔から、私の中ではファッションもインテリアもアートもジュエリーも一緒なんですよね。全部が同じライン上にある。
吉川 本当はそうなんですよね。ひとつひとつ絶対に独立しないもの。人だって、生活環境や洋服、ジュエリー、メイク、全部を合わせてその人の雰囲気だもんね。しかもアンティークジュエリーは一点もの、最高のオリジナリティーを感じれますよね。
稲田 そうなんですよ!
吉川 お客さんから「この服とこのジュエリーは合いますか?」とか聞かれたり、そういうことに対する違和感はない? ほとんどの人が、ルールみたいなものを持ちたがるじゃないですか。
稲田 私は「合わせやすいとか考えなくていい」って言っちゃいます。ましてやアンティークやヴィンテージは1点ものが多いので、自分が心惹かれるもの、その衝動に従って選んでください
って言います。
吉川 “合わせたい”って、つい出ちゃいますよね。メイクを服に合わせるとか……。合わせなくてもいいのにってよく感じます。
稲田 あと、「これ派手じゃないかしら?」とかもよく言われます。でもそんなの気しなくていいんですよね。自分がつけたいものをつけたほうがハッピーじゃないですか。イベントなどで接客していると、そういうことをおっしゃる方が多くて、「そんなの気にしなくていいですよ!」って毎回言い続けてますけど。これは日本特有の文化、感覚ですよね。もっと自由でいいのになって思います。
“可愛い”の呪縛から解き放たれるまで
吉川 コロナ禍で海外に買い付けに行けなくなって、何か変化はありましたか?
稲田 オリジナルブランドを立ち上げるために、今動いているところです。アンティークは素晴らしいし、リスペクトする気持ちに変わりはないけれど、それがすべてじゃないなって。今までの私の経験に、お客様の意見や私が好きな世界観など色々な要素を入れて、現代のかっこいい女性に合うようなジュエリーが作れたらなと。しばらくイギリスにも行けそうにないし、集中して自分のブランドの立ち上げに時間が使えているので、私の場合は決して悪いことばかりじゃなかったですね。
吉川 この制約された期間は、何かをするには最高の時間ですよね。
稲田 買い付けが延期になったり、予定していたポップアップショップの出店がなくなったり、最初は頭が真っ白になりましたけど、このタイミングがなければ自分のブランドやろうとは思わなかったかも。
吉川 ジュエリー好きな人って、その愛が結構深いから、好きなジュエリーがすごく目立っちゃったりして……。それはそれでアリだとしても、稲田さんのはそれだけじゃない部分を感じます。
稲田 うれしいです。これはイギリスで学んだことですけど、枠に囚われると見えなくなることってありますよね? イギリスは何でもありみたいなところがあって、そういう感覚をイギリスで知ることができたのは私にとってとても大きかったし。そういう部分も日本にいて苦しかったので……。
吉川 それは具体的にどういうことですか?
稲田 10代から日本の文化って、可愛いものや女性らしい服が持てはやされる風潮がありますよ
ね? 私は可愛い顔ではないし、そういう服に興味もないし似合わないし、それがずっとコンプレックスだったんです。
吉川 そこにハマらないと女性しての評価が低くなるって、ものすごく寂しいことだよね。「可愛い」か「可愛いに当てはまらないか」の二択が今まではほとんどだったわけで、そういう意味で使ったら、呪いのような最悪の言葉だよね。
稲田 高校生のころから川久保玲さんやアレキサンダー・マックイーンが好きだったから、感覚的にギャップを感じていました。
吉川 可愛いって全体の中の一部分でしかないし、色々なものがあるはずなのに、日本だと誰それちゃんが可愛いとか、男性の評価もイケメンとか。僕は初めてイケメンという言葉を聞いた時に衝撃を受けたんだけど。それって女性に対する「可愛い」という範囲を狭める言葉と同じ不快感なのかなって。
稲田 とくに若い頃は「これからどう生きて行こう?」みたいなフラストレーションがあったんですけど、イギリスに行って「あ、なんでもいいんだ」って。ようやく最近、誰にどう思われても自分が着たいものを着て、生きたいように生きようと思えるようになりました。
吉川 それを許してくれる感じって、まだまだ少ないよね。
稲田 それはジュエリーを見ても思います。欧米に比べて日本のジュエリーブランドのほうが保守的ですし。でも、みんなが可愛いジュエリーをつけたいわけじゃないですよね? 私はちょっと毒気のあるものが好きで、アンティークに出会うまでジュエリーをつけたことがなかったので、私のような人につけてもらえるジュエリーが作れたらなって。
吉川 可愛いものは既に世の中にたくさんあるからね。稲田さんが世の中にあるものに満足してたら、絶対に作ってないと思う。僕がUNMIXを立ち上げたのも同じ気持ちだから。
稲田 「可愛いジュエリーしかなくて、つけるものがない」と困っている人、マジョリティではなくマイノリティのためにやりたいと思っています。
吉川 可愛いって、全体のごく一部分の人でしかないわけで。それ以外の人たちは結構つらいよね。強弱はあるかもしれないけど、みんなそれは経験しているんじゃない?
稲田 葛藤があったから今の私があって、その経験はすごく良かったなと思います。あと、後悔なく生きたいという思いも強いから、まずはチャレンジしていきたいですね。
吉川 そのほうが人生楽しいしね。
稲田 楽しみです。不安とワクワクが混在していますけど、やってみないとわからないので。大変なこともあるけれど、コロナという時代の変わり目に生きていてよかったと思いますし、私は希望を持っています。
吉川 これからの稲田さんの活躍が楽しみです。最後に稲田さんの愛用品を教えてください。
稲田 ブランドはなくなってしまったけれど、大きな影響を受けたデザイナーのヴェロニク・ブランキーノが監修した「A MAGAZINE CURATED BY VERONIQUE BRANQUINO」。エゴンシーレの絵を見るためにウィーンに旅をして、レオポルド美術館で買った思い出のシーレの画集。マックイーンの才能を見出したイザベラブロウの作品集「Isabella Blow: Fashion Galore!」。どんなにデジタル化が進んでもデータではなく本を買い、何度も見返します。
稲田 10年以上前から、洗濯洗剤や食器洗剤などは石油由来の界面活性剤を使わない、植物由来の「ECOVER」を使っています。海が大好きなので少しでも海に負担のかからないもの、化学香料のしないものを選んでいます。