いいところを見つける天才!?
吉川康雄 美容の仕事を長くされていますが、キャリアのスタートはCAからなんですよね?
松本千登世 新卒でCA、その次に広告代理店の営業。さらにその後2つの出版社の編集部にトータル13年ぐらい在籍して、フリーランスになりました。
私はこんな人生になるとは想像していなくて、自分では専業主婦が似合いそうだなと思っていたんです。就職先も選び放題というバブルの売り手市場だったので、ありとあらゆる業種を受けました。
その中でCAを選んだのは、自分ひとりで生きていくことを考えたときに、ある程度お金が稼げるほうがいいなとか、すごくいやらしい動機だった気がします。華やかなイメージの仕事だし。
吉川 若い頃は自分の将来が不安だから、お金や安定を一番に考えるんじゃないですか。
松本 今振り返ると、恥ずかしいくらい深く考えていなかったんです。
ちょっと遡ると、私は高校まで鳥取の田舎で育って、神戸女学院大学の英文科に進学したんですけど、入学初日にクラスの中で留学経験がないのが、ほぼ私だけということがわかって、それはそれは衝撃で。寮生活をしていたのですが、その日は泣きながら寮まで帰りました。
吉川 バブルのあの時代は、留学って、そういう層では相当一般的だったと思います。アメリカの日本人コミュニティーってすごく大きかったみたいですよ。
松本 結局私は英語ができない人のまま卒業するんですけど、大学で出会った、のちに親友になる泉という女性や、寮の仲間がみんな私の自慢できる人たちばかりで。
その時も、後にも思うんですが、私は人をうらやましがる性格なんですね。自分にないものを探しては「なんであの人にはあるんだろう」と。親友に対しても、寮の仲間たち一人一人に対しても、自分にないものを見つけては「この人いいな。羨ましいな」と思っていたんです。
そして卒業してCAになったら、すごい美人ばかりで(笑)。 女優さんやモデルさんのような人たちが大勢いる中で、私は毎日ないもの探し。「エルメスの時計をしていて素敵だな。私も真似したい」と。そういう嫌な奴だったんです。でもある時、これって違う角度から見たら、私は誰かの素敵なところを見つける天才かもしれないな、と気づいたんです。
吉川 お話を聞いていて、僕もそれって人のいいところを見つけているってことだと思いました。物事は視点を変えたらネガティブにもポジティブにもなりますから。
松本 表裏一体というか、本当にそうだと思います。
さきほどのエルメスの話に戻るんですが、志津子さんというCAの先輩がエルメスの時計をしていたのに憧れて、私も20代半ばにエルメスの時計を買ったんです。そしたら……全然似合わない!
吉川 なぜですか?
松本 私の腕には華奢すぎたようで。その時計は母に譲って、今は母が使っています。
私は、彼女が持っているものを身につければ、彼女のようになれると思い込んでいたんですね。でも真似をするのではなくて、自分はなぜ彼女に憧れているかを咀嚼して、自分自身に置き換えて、自分の中で発酵させないといけなかったことに気がついて。ご本人にも「とんだ大間違いをしていた」と話したことがあります。
吉川 でも、人を羨ましいとか、この人になりたいという気持ちって、100%は捨てられないですよね? それが自分だったんだ、という。
松本 そうなんですよ。今もすごく羨ましがっているんです。
吉川 だけどそれって、自分で認めたら、もう堂々とできるんじゃないですか?
松本 本人にも言っちゃいます。「生まれ変わったら、こうなりたいです」って(笑)。
吉川 でもそれって、エネルギーだな。欲を感じるし。欲ってエネルギーじゃないですか。
松本 そうですね。それがなくなったら、元気じゃなくなるかもしれません。
存在感がないのも褒め言葉
吉川 松本さんを見ていると、印象とか洋服とか「あれ、こうだっけ?」と思うことがあるんです。繊細で、か弱くて、すごく女性的なイメージもある一方、今日もデニムと黒のニットで、意外とそれが似合っていたり。あえて強いものをポンと合わせてくる。
でもよく考えると、松本さんが消えてしまいそうな繊細な洋服を着てしまうと、「あ、そうか、消えてしまうかもなあ」と思ってしまって(笑)。 だからおそらくご自身でも、そういう組み合わせを選んでいるのかなと。
松本 吉川さんは、本当に鋭いなって毎回思わされます。最初は無意識だったんですけど、今は意識的かもしれませんね。
吉川 今日、松本さんが向こうから歩いてくる姿を見て感じたんですよ。
松本 先ほどの消えてしまうかもという話に繋がるんですが、つい最近、7人ほどのメンバーでのランチが終わって立ち上がったときに、同席されていた美容ジャーナリストさんに「ねぇねぇ、松本ちゃん、大丈夫? 生きてる?」って言われたんです。「え! どういうこと?」って聞いたら、「全然喋ってないし、いないみたいだったよ」って。私は喋っていたつもりだったのですごく驚いたんですけど。
吉川 おかしいですね(笑)。
松本 その直後にも、以前に私も含めて3人で行った出張のことを「あの時に松本さんいた?? いやいや、2人だったよ」と言われたり……。
親友に「こんなことがあって、私って存在感ないみたいなんだよね」と話したら、「確かに静かだよね。いることに気がつかないこと、確かにあるね」と言われたんです。
でもその時に思ったのが、昔の私だったらショックを受けたかもしれないけれど、今は「いなかったようだった」とか、「いたっけ?」みたいな評価がすごく心地いいなって。そういう人がいいな、と心の底で思っているかもしれないなと気づいたんですね。
吉川 なるほど。
松本 求められたら主張するかもしれないけれど、そこまで割り込んで、わーっていうのは、私はしたくないし。むしろみんながいる空間では、ほどよく「そうだね」と言っている方が幸せだなと思ったんです。
吉川 僕も昔、松本さんと対談の仕事をした時に、それに近いものを感じたことがあります。
「松本さんって、何だろう?」と思ったこともあったんだけど、しばらくして、「あ! それが松本さんなんだな」気づいて納得して、すっきりしたことがあったんですよ。
松本 そうだったんですね。そんな事件があって(笑)、またひとつ自分を知りました。
年齢も個性のひとつ
松本 女優の井川遥さんに、連載の仕事で毎月お目にかかるんですが、すごく素敵な方で。見た目ももちろんですが、井川さんの内面にとても刺激されて、毎回吸いつけられるんです。
吉川 僕も井川さん、素敵だなと思います。
何が素敵なんだろう?と考えたときに、同じことを松本さんにも感じるんですが、年齢と女性っていうのに変化がないんですよ。年齢を超えた魅力があるなあと。石田ゆり子さんもキレイですよね。井川さんも石田さんも、自分が歳をとることを否定してない感じがします。
松本 そこは共通点かもしれないですね。
吉川 無理して大人になろうともしてないし、かといって開き直っているわけでもない。
松本 そう、開き直るのと受け入れるのは違うから。
いい意味で調律というか、チューニングしている感じがします。
吉川 それぞれピュアーな部分を持ち続けていて、それを隠したり忘れたり作ったりしていないですよね。
自分が年齢と共に変化しても、それに対して嫌だなと思うのも当たり前かもしれないし、開き直る必要もない。そういうピュアーネスが、彼女たちの魅力として捉えられている感じがします。
松本 年齢も個性のひとつでしかないですよね。
吉川さんは「昨日の自分さえも今日の自分にとっては他人」とおっしゃっていましたが、私も同感です。25歳の私と50歳の私は、やっぱり違うんですよね。考え方とか、出会ってきた人も違うし。
さっきのチューニングの話じゃないですけど、例えばピアノは新しいときのほうがシャープだけれど、調律していくと本当にまろやかな音が出るとか。若い音ではないけれど、いい音は出る。そういう調律ができる人が素敵なんだなって。自分もそうありたいと思います。
大人って楽しい
松本 女優の板谷由夏さんはご存知ですか? 彼女もとても素敵で、井川さんも板谷さんも、ご自身のブランドでお洋服のプロデュースをなさっていたり、ファッションにもすごく関心が高いんです。
吉川 ファッションは大事ですよね。洋服を着たほうが素敵に見せられたり、服のパワーをうまく使えるか、ファッションを楽しめるか否かで、人生変わりますよね。
松本 彼女たちを見ていて、誤解を恐れず言うなら私は美容よりもむしろファッションが大事だなと思ったんです。
美容はあとからついてくるものでもあるけれど、ファッションはみんな年齢を言い訳にするというか。もちろん言い訳する要素はたくさんあると思いますが、だからこそ似合うこともあると思う。洋服の質を上げたら顔映りがよくなるとか、年齢とともに自分も質を上げていかないと、ということを教えてもらいました。
吉川 洋服もメイクも髪型も、自分を良く見せるものですよね。人に対してでも、自分に対してでも。とにかく自分が気持ちよくなれるものだし。そう考えると、美容と分ける必要もないかなと思います。
松本 本当に吉川さんは、初めてお会いした時からフィロソフィーが変わっていないですね。決してそこを分ける方じゃない。
吉川 今の世の中に対して思うのは、一見、お金にもなんにもならないような美に対して、その本当の大切さとか楽しみとか必要性とかを、もっと小さい時から教えたほうがいいということ。お金があっても、自分が気持ちよくなる方法を知らない人っていっぱいいるように思えるし、日本では、人生の時間を楽しむことが大切にされていないように感じます。
松本 そういう意味でも、この年齢の私たちが楽しそうにしていたいなと思います。大人って楽しいんだなと無理やり演じるのではなくて、それぞれが楽しそうにやっているな、という世の中にしていく必要がありますよね。
吉川 洋服とか、自分をキレイにすることとかをストイックな気持ちで無理やりやるのではなくて、当たり前のように楽しんでたりね。
松本 洋服の着方も、もっと対自分でいいと思うんです。
それはトレンドじゃないとか、今っぽくないというのは違う気もします。もう少し自分と対話して、自分がバランスよく見えるなとか、そういうことでいいのに。
吉川 流行と自分のスタイルって、時に相反していたりするわけだから、それを組み合わせてバランスとるとかって、それこそ多くの人にとってはすごく難しいですもんね。
松本 それからインスタはまったく否定しないんですが、いいねって言ってもらうのは、私は家族や友達など「隣の人」にいいねって言われるのでOKだと思うんです。
吉川 遠くの知らない人にも言ってもらえる機械。あれは難しいですよね。ものすごい発明だと思うんですよ。最近の人類の発明のなかで、もっとも影響しているものだと思います。
でも、僕は子供がいるので、大問題なんだ、とも感じるんです。育つ環境として。多分大人にとってもそうなんですがね。
松本 とんでもないものを持っちゃったなという感じがしますよね。理性が追いついてかないというか。
吉川 子供って感性が無防備ですもんね。人間の取り扱い説明書がまだ読みきれてない人たちだから。
松本 ある意味私はその世代ではないから、潔くあきらめたり、手放せたりできるので、すごく楽だなって思いますけど、それを手放せない人たちもいるし、子供たちもかわいそうだなって。
吉川 松本さんがおしゃったみたいに、隣の人と話したりとか、隣の人からいいねって言われたりとか、フィジカルな接触が一番大切ですよね。インスタをただの道具として使えればいいけれど、結構悪魔的だから、バランスを壊す事の方が多そうですよね。
キレイはひとつじゃない
松本 私は美容のお仕事が面白くて大好きなんですが、一方で嫌いになりそうな自分を感じることもあって……。
モテとか、目が大きい方がいいとか、ひとつの理想形を提示したり、そういうことに向かって私は記事を書いていたんだっけ?と、辛く感じるときもあります。
吉川 僕は企業の意識が変わらなくてはいけないと思う。
でもそのためには、企業と議論するんじゃなくて、世の中の人たちとコミニケーションすることが大切なんですよ。SNSの影響力もあって、多くの人たちが考える美容の本質的な方向は、もう松本さんのように感じ始めているし、もっとそうなるようにメッセージを出していきたいなって思っています。
松本 吉川さんのお話を聞いていると、まだやるべきことはあるなと思いますね。
私はフリーランスなので、夕方まで家で原稿を書いて、夜食事に出かける前にメイクをして、帰宅ラッシュの電車に乗ることがあるんです。そうすると、私はメイクしたての顔で、自分の中では一番上の顔を作ってきたつもりなんですよね。でも満員電車に乗っている周りの人は疲れていて、汗をかいて帰ってきている。そんな中で「果たしていま私はキレイかな?」と思ったんです。
むしろ今の時間、疲れたけど帰ってご飯作らなきゃとか、子供の面倒見なくちゃとか、眉間にシワを寄せていたとしても、そういう女性のほうが私は好きだなと。
たとえば、子育てしているのにネイルを塗る必要もないと思うし。ボロボロでも、一生懸命なほうが断然心が動きます。そういうことも含めて、キレイって全然ひとつじゃないと思います。
吉川 いろんなキレイってありますよね。画一的な答えだと、そこに当てはまらない自分を見つけた瞬間に、抱え込んでしまうから。
松本 私たちが言ってかなきゃいけないですよね。
以前、男性エディターの方に「“美容好きの美容ブス”っていうのがあるから気をつけてね」と言われたことがあるんです。「最先端のメイクがイケてるとか、自分をそっちのけにして、どんどんそちらの方向に進んでしまって、結果、あなたブスですけどっていうことになるよ」って。例えば美容に携わっている人たちを見ていると、そういうケースを感じるという意味でおっしゃったみたいで、最近その言葉をよく思い出して友人のファッションエディターとも、自分たちはそうなっていない?って、確認し合ったり(笑)。
吉川 プロでさえ危機感を感じていることって、世の女性たちもいちばん知りたいんじゃないかな。
松本 雑誌も今年はブラウンがトレンドとか、黒のバッグじゃもう古いとか、そういうのを見出しにすると、もうそれだけで茶色のバッグを買わなくちゃいけない。それもまた息苦しいなと思ったり……。
翻弄されすぎないけれど、気分はアップデートして楽しくいられるように、自分でコントロールしないといけませんよね。支配されてしまうと、大変なことになるなと思います。
古くなるほど味わいが増すものが好き
吉川 そんな松本さんが愛用しているプロダクトって、どんなものか気になります。
松本 コスメはクレンジングと日焼け止め、クリームを持ってきました。
吉川 ベース系ですね。
松本 クレンジングは、自分の肌を大嫌いから大好きに変えてくれたものなんです。
日焼け止めは、自分を愛する意味でのアイテムとして選びました。シミができたくない、シワができたくないというのはありますが、それよりも私は、日焼けを気にしないでいたいから、そのために使っています。
シスレーのクリームとアイクリームは、自分で自分を愛でるものの典型的なアイテムかな。
吉川 肌がしっとりしていますが、もともとは乾燥肌ですよね?
松本 はい。すごく不安定だったんですが、大人になるにつれて丈夫になりました。
それから私は、古くなるほどに味わいが増すものが好きなんです。それが傍にあると、自分にも置き換えることができるので。
今日は器を持ってきたんですが、実はこれ不良品だそうで、赤くなっているのは焼き方を間違えて、器が酸欠になったからだと。でも私は大好きになったので買いました。唯一無二というか、ひとつしかない所もすごく素敵だなと。
吉川 できが悪いって誰が決めたの?って思いますよね。
松本 そう! だって、こっちはすごく惚れたんだよ、っていう。
あとは、最近自由なものが好きで、ラリエット(留め具のない長いネックレス)をよく身につけています。二重に巻いても三重に巻いてもいいし、背中に垂らしてもいい。自分が思った通りにしてよくて、不正解がない。そういうものに大人になって惹かれるようになりました。
女性の心の生き死に関わるのが美容
吉川 ずっとおっしゃっているように、ファッションの重要性も感じつつも、美容をメインにお仕事されているのはどうしてですか?
松本 正直なところ、ひとつは、なぜか美容になってしまったという部分があります。
広告代理店で化粧品ブランドの営業を担当していて、編集者になってからは美容以外のジャンルも担当したのですが、美容の仕事が多く来るので、自然とこの道にという。
それからもうひとつ、「美容って素晴らしい!」と明確に思った経験がありまして。
吉川 どんなことですか?
松本 以前、資生堂の研究所でインタビューをした時のことなんですが、研究者の世界では、医療に進む人がエリート、それ以外はそうじゃないという暗黙の了解があるそうで、その方は化粧品の研究者なのでコンプレックスを持っていたそうなんです。
そんな中、資生堂の企業CMで、認知症の女性が口紅を塗ると、目の焦点が合ってニコッと笑うというのが流れていて、そのCMを見たときに、彼は初めて「化粧品も医療と並んだな」と思ったんですって。
吉川 おぉ!
松本 「化粧品は命の生き死にには関係ないけれど、女の人の心の生き死ににすごく関係していたんだなと思って、だから僕はこの仕事がすごく誇らしい」とおっしゃったんです。
その時、美容をすごく軽く扱っている自分に気づいたんです。新しいものを紹介して、同じように写真を撮って、この化粧品はあれに効くだの効かないだのと……。
美容は、化粧品ということではなく、女性の心の生き死になんだなと。だから今もすごく面白い、素敵な仕事だと思っています。
吉川 僕も美容をスキンケアとかポイントメイクとか分けること自体が変だと思っていて…。
美容はその女性自身であり「生き方」だと思うんです。そこを忘れなきゃ迷わないというか。
少なくとも自分を否定することは美容じゃないから自分の美しさをちゃんと感じて、それを楽しむ。やっぱり、生き方ですよね。
松本 なるほど。
吉川 僕が発する「すべての世代の女性にピュアーネスはあるんだよ」というメッセージを世の女性たちが受け止めて、みんなが「あ、年齢とか隠さなくていいんだ!」と思ってくれたとしたら、企業が「これをつけたら10歳若く見えますよ」みたいに宣伝しても、「なに言ってんの?今の私でいいじゃない」ってみんなが思ってくれたら、企業もそういう言葉を使わなくなるんじゃないかな。
松本 美容は女性それぞれの生き方だ、人生だ、っていうメッセージがたまらなく好きだからこそ、それを迷走させるようなことに息苦しさを感じるのかもしれません。
吉川 これは一人ではできないこと。たくさんの女性が共感してくれることで変わっていくのだと思います。
松本 私の周りでも、自分の個性と自然に生きることに価値を見出している若い方たちに出会うことが多くて、頼もしいなあと思います。吉川さんがおっしゃっているような“何が大事か?”というところで会話ができたら年齢を超えて繋がれるから本当に楽しいです。
Photos / Interview : Yasuo Yoshikawa
Text : Tomomi Suzuki