from Japan

新しい美容のあり方を提起する

伊藤かおり 『MAQUIA』編集長

▼Profile

伊藤かおり KAORI ITO

1994年、集英社に入社。 『non-no』『MORE』編集部で人物インタビューなどの取材ものを中心に担当。2008年から『MAQUIA』編集部へ異動となり、2013年に副編集長、2019年より編集長に就任。“美容は人生を楽しくするもの”を信念に誌面づくりに邁進中。趣味は宝塚鑑賞。日帰りで本拠地の宝塚大劇場に行くほどのヅカファン。サラブレッドも好きで、美しい競走馬が走る姿を見るために競馬場に足を運ぶことも。

ビューティの潮目が変わってきた

吉川康雄 伊藤さんはずっとビューティ担当だったんですか?

伊藤かおり いえ、ずっとライフスタイル系の担当で、インタビューなどの人物取材を中心に、料理やインテリアなどのページを作っていました。その後に『MAQUIA』編集部に来たので、美容に関しては素人の状態でしたね。

吉川 それで、前編集長の湯田さんのあとを受けて、2019年から編集長になられたんですね。

僕は、美容もライフスタイルにまで繋がるものになったらいいなってずっと思ってきたので、伊藤さんのような美容のキャリアだけじゃない、幅広い人が美容誌を作るのって楽しみだなって思っています。

伊藤 私が2008に『MAQUIA』に来たときは、まさに美容がブーム時代で、彫りを深く見せるテクニックや、髪も明るくするのが流行っていたり、コンプレックスを隠すためのメイクが主流だったように思いますけど、去年ぐらいから潮目が変わって、今はまた新たなフェーズに向かいつつあるのを感じています。

吉川 コンプレックスというのは、昔も今も変わらないキーポイントですけど、それに対するアティチュードは変わってきていますよね。

美容誌は今まで、顔だけで勝負する感じってありましたけど、もう少し広い視野で魅力を考える誌面って、これからはとても大切だと思うのですが。

伊藤 美容誌なので、もちろんHOW TO的なメイクページも作りますが、その時に「大きな目だけにならなくていい」とか、「二重だけがすべてではない」とか、今までとは違う伝え方をしていきたいなと。あとは、悩みがある子たちの背中を押してあげるような記事だったり、気持ちが軽くなるようなメンタルの特集だったりをやってみようとか、そういう風に思っています。

吉川 美容は女性に一生寄り添うものだからこそ、辛い気持ちにさせるものではなく楽しい存在であって欲しい。

伊藤 美容誌も、楽しく助けてくれる存在だといいですよね。

私自身も学生の頃、好きな雑誌を読んでいるとその世界に入り込め、学校であった嫌なことも忘れられて……ということあったので。

メッセージも大切だけれど、まず雑誌にはエンターテインメントとしての楽しさを感じて欲しいなと思います。人から見たらバカバカしいと思われることでも、こちらが楽しんで作って、それが読者に伝わったらいいなと。こんなご時世だからではないですけど、読んで暗くなるようなものは作りたくないので。

なんでもあり!も難しい

伊藤 去年くらいから美容の潮目が変わったと言いましたけど、可能性もたくさんある一方、やりづらさも感じていて……。

吉川 前は美容マニア寄りという感じでしたよね。どこまでも深くみたいな。

伊藤 ある程度美の基準が画一化されていたから、やりやすかった部分もあります。それが、今はなんでもありですよ、多様化の時代ですと言われて面食らう人たちも少なからずいるわけで。

吉川 すごく多いと思うな。

伊藤 そういう風に手放しで、「さあどうぞ、なんでも自由にして下さい!」と言われると、「やっぱりチュートリアルが欲しいんだよな」と思う人もいますよね。

吉川 ある意味、今はすべての人が混乱状態にいるのかな。これまでの美容を突き詰めた人もチャラにされるから迷ってしまうし、そこに入っていなかった人も、「なんでもOK!」となったとしても、その前にちょっと教えて欲しいという。

伊藤 一人に一人、吉川さんがついてればいいですけど(笑)。

吉川 顔の一部分だけを見て、ここが嫌いとかになりがちだけど、全体を見ることによって「私って結構イケてるな」とか、「私のライフスタイル全部ひっくるめて気持ちいいし素敵かも」と思えたらいいのに。

伊藤 確かにそうですね。とくに美容をやっていると、シミとかシワとか、どうしても近視眼的な捉え方をしてしまうから、引きで見るようにしないと。それから、20代のキレイだけを目指していくと、人って辛くなるなあと思います。

吉川 編集長とか、雑誌を作ってる人たちがみんな達観できているかというと、そうではないですよね?

伊藤 私自身も日々あがいてます(笑)。顔がぼんやりするから目力が欲しいんだよなとか、顔をできるだけ小さく見せたいとか、眉の描き方がわからないとか、永遠のテーマですし。決して技術があるわけではないから、読者と一緒です。インナービューティも含めて、自分の興味がそのまま企画になるのは面白いですね。

吉川 自分がいち女性として感じた疑問だしね。

伊藤 メンタルの話も、時代的にも入れていきたいなと。「ああ、なんでこんなに怒りがコントロールできないんだろう」という自分の経験から、アンガーマネージメントのテーマを組んでみたり。

吉川 怒りって何に対して出ますか?

伊藤 自分に対してもあるし、他人に向かうこともあります。本当に日々修行で、つい怒りが出てしまう。人間だもの(笑)。でもそういう時も、できるだけユーモアで対処できるといいなと思いますね。

吉川 トラブルが起こるのは、大体人との距離をコントロールできない時かな。そういう状況だと、いろんなことが気になったり怒りがわいたりしますよね。そんな時には他人を変えることはできないから自分を適応させようって僕は思うようにしています。やっぱり修行ですかね(笑)。

伊藤 最近よく思うのは、“身のほどを知る”ことでラクになるということ。自分の理想があったとしても、自分にできることには限界があるし、決して頑張らないわけではなくて、頑張るけれど、それができなかったとしても、自分が頑張ったのなら、まあ、いいじゃないと思うようにしようと。

吉川 ベストを尽くすこと以外は何もできないから。ベストを尽くして不十分な時に自分を責めると悲しくなるから、「よくやったよ」と自分に言ってあげないといけないよね。

顔至上主義から自分至上主義へ

吉川 今日は僕がメイクさせてもらいましたが、どうですか?

伊藤 険がとれてます(笑)。それに自分の顔って、案外わからないものですよね。

吉川 人にやってもらうと、私ってこんな風に見えるんだ!とか、発見があって面白いでしょ。

伊藤 私は顔がぼんやりしてしまうのが悩みで……。目と目の間も離れていたり、間延びしているような。

吉川 切れ長できれいな目だなって思いました。

伊藤 小学校低学年の頃に、その当時にモテという言葉はなかったけれど、自分はそっち側ではないなと悟ったんです。自分はモテる人たちとは違う方向で生きていくんだろうなって。

吉川 モテることとメイクを繋げて考えがちなところってありますけど、僕は今までたくさんの人をメイクしてきて“魅力は顔だけで作れない”ってすごく思うんです。すごく美しいって言われる顔を持っていたり、作れたらラッキーかもしれないけど、結局、皮でしかないなって。その内側のどう生きているかとかどういう人かっていうのが絶対合わさってくるわけで。

伊藤 ようやくですよね。これまでは顔至上主義だったから。

吉川 ちょっと前まではそんなこと言っても誰も聞いてくれなかった。

伊藤 雰囲気美人なんて言われても「え?」て感じでしたよね。造形がすべてだよ、みたいな。でも確かに、雰囲気美人というのはありますよね。チャーミングな人。どうしてこの人にこんなに惹かれるのかなと思うと、ニコニコしていたり、動きがかわいかったり。

吉川 内側から湧き出てくるみたいにね。

完璧じゃないチャーミングさはいくらでもあるけれど、結局わかりにくいから、とりあえず形を目指そうよ、ということに今まではなっていたのかな。

伊藤 だからカウンセラーのような吉川さんに「どんな人も大丈夫!」と言われたら、やっぱりみんな泣きますよ。

吉川 みんな苦労してるから。傷ついているしね。

伊藤 親からの何気ない言葉とかもね。私もそうですけど、鼻が低いだなんだと言われて、可愛いなんて言われてこなかった。自分は消化できたからいいですけど、それをずっとトラウマに思って生きていかざるを得ない人たちもいっぱいいて。

吉川 親が持ってしまったコンプレックスやその原因となる美意識をアドバイスとして放つんですよね、愛する子だから。

子供にとっては、かわす距離もないから突きつけられるし、傷つきますよね。時間とともに消えるものだと思っているけれど、そんなに簡単ではないことは親自身が証明していると思うな。 

伊藤 世間の価値観と違うことでなんとか解決しようと思えた人はいいけれど、ずっと呪縛のようにコンプレックスを抱え続けてきた人にとっては辛いですよ。だからこそ美容を介してポジティブな方向に持っていきたいし、吉川さんがおっしゃる「自分を大切にしよう」というメッセージは素晴らしい。自分が10代の頃にこういうムーブメントがあれば、もっと楽だったのになと思います。

吉川 自分はダメだからと落ち込んでいる人は、いっぱいいるよね。

伊藤 吉川さんには『クィア・アイ』のファブ5みたいになって欲しいです。

吉川 一人ファブだけど(笑)

伊藤 アーティストであり、メンタリストみたいな(笑)

私も試行錯誤ですけど、世の中の流れもプロダクトも少しずつ変わっているので、美の多様性を打ち出す方向に向かってやっていけたらなと思います。

趣味のダンスでリフレッシュ

吉川 今日のメイクは伊藤さんのファッションからイメージしました。

ちょっとロックぽいモノトーンのコーディネートに一点、ネイルのパステルブルーが際立って、ただの少年みたいではなく、さりげないフェミニンな感じがおしゃれだなって。

そのマニキュアどこのを使っているんですか?

伊藤 THREEのネイルポリッシュです。こういう、スモーキーな色に目がないんです。

吉川 肌の白さを際立てつつも馴染んで似合っている素敵な色ですね。

Tシャツとジーンズもすごくお似合いですけど普段からこういうカジュアルなスタイルが多いんでしょうか?

伊藤 編集長になってからワンピースを着るシーンも増えましたが自分らしくいられるのはこんなスタイルですね

吉川 Tシャツって、自分の健康管理をしていないと上手にこなせないアイテムだから、きっと健康なんですね。

伊藤 2年ぐらい前にダンスを始めて。このスニーカーはレッスンの時に履いています。高校生の頃に欲しかったけど買えなかったリーボックのものです。

吉川 ダンスのシューズなんだ。

伊藤 踊りはいつかやりたいと思っていて、憧れの宝塚の振付師の方が指導しているクラスに入ろうとしたんですけど、あまりにレベルが違ってついていけず……。自分で先生を探して、今はマンツーマンで指導してもらっています。月に2回なので、行くと前回やったことを忘れてるような状態ですけど、仕事とは使う頭が違うから、リフレッシュできていいですよ。

吉川 そういうのってフィジカルにもメンタルにもいいですよね。

最後に伊藤さんの愛用品を教えていただけますか?

伊藤 いつも欠かせないのはLE LABOのフレグランス「ガイアック 10」(東京店舗限定販売。ウッディなんだけど水のような透明感もあって。もはや自分にとっては空気のような存在。街で見知らぬ人に「なんの香りですか?」と声をかけられることも多い香水です。

伊藤 YOU&OILというブランドのオイル「YOGAの香りも好きです。仕事が煮詰まったときなどにつけて深呼吸するようにしています。

Photos / Interview : Yasuo Yoshikawa

Text : Tomomi Suzuki

取材を終えて

After the interview

春にこの取材をした時に、コロナで世の中がここまで影響を受けるなんて、正直、考えていませんでした。多くの人々が、自分と向き合う時間を持たせられたことで、伊藤さんのお話ししていた“意識の変化”が、美容のジャンルだけでなく加速したのを感じます。
コロナから自分を守る“自分を大切にする心”から始まって、周りにうつさない気遣い。それって自分とそれを囲む生活環境を大切にすることですもんね。
他の人を羨んだり自分にダメを出すんじゃない楽しい美容をこれからも一緒に考えていけたら嬉しいです。

吉川康雄