日常ってかっこいい!
カイノユウ ハイファッションなビジュアルって、今までは、非日常的なかっこよさとか、“見たことない!”みたいなインパクトが好きだったんですけど、最近はそれが自分の中でどんどん広がって、“もしかして日常もかっこいい?”みたいになってきています。
でもそれはたぶん、自分だけじゃなくって、世の中のそういうビジュアルを見て、たくさんの人がそういうのを感じていると思うんですけどね。
日常っていうと刺激的には聞こえないかもしれないけれど、そこにはいろんなきれいなものがいっぱいあるなって思うようになりました。
そうなると日常生活がもっと楽しめて…。
こういうのはもっと広がっていく感じがします。
だってリアルなかっこよさですから。
吉川康雄 僕はファッション業界に長くいて、ずっと見たことないような美とかばっかりを考えてきたんだけど、最近、と言ってもここ20年くらい(笑)は、夢のような美人じゃなくって、どんどん道を歩いている人たちの魅力を発信したくなってきちゃってますね。
だからキッカというブランドでずっとビジュアルのアートディレクションをしていた時も、昔ながらの作り込まれた化粧品ブランドのビジュアル、完璧な美しさじゃなくって、いつもリアルを求めてきました。
カイノ そういえば、吉川さんとお仕事させてもらった時は、お化粧が薄くて何もつけなかった感じに見えました(笑)。
吉川 薄くてもちゃんとつけていたんだよ!
お化粧もしないで、いきなりびしょびしょにしちゃった!みたいな感じに見えた?
すいません。
カイノ 大丈夫です、笑笑。
何も思わなかったですよ。あ、ビチョビチョになってるな、みたいな。
やられ放題でしたけどね。
吉川 あのアイデアも、非日常じゃなくって、ある時突然ものすごい霧に包まれてびっしょりと濡れちゃったら…?っていう想像の中の日常なんですよ。
カイノ 急などしゃ降りで濡れちゃうことってありますもんね。
吉川 でしょう?
そういうのって日常のすごいドラマ!綺麗だし。
でも普通は“濡れちゃった!大変!”としか思わないからびしょ濡れの自分のキレイに気がつかない。
メイクの魔法、良くも悪くも
カイノ 私もたまに撮影で、眉色を変えて、“描いている感”が凄かったり、アイメイクもかなり強かったりってありますよ。でも強い撮影ライトが色を消すので、仕上がりは意外と普通の濃さに見えるんですけどね。そういう強いメイクってされると、その肉眼の仕上がりに自分の気持ちが持っていかれちゃうんですよね。それで気分がアップする時も引っ張られる時もあるんだと思いますよね。
吉川 その気分になっちゃう。みたいなね。
カイノ それはそれでいいんだと思うんですよ。メイクの魔法として。
でももし日常でそんな風になってしまったら、今の気分ではちょっと違うかな。
吉川 そういう日がたまにあってもいいけどね。
カイノ ちょっと日常から離れて楽しみたいっていう人はたくさんいると思うし。
そんな時のメイクの魔法ってすごく楽しいと思います。
ちょっと違う自分になるとか。
吉川 そんな時でもどこかちょっとだけ自分を残したくないですか?
カイノ それはありますね。全然違う人になっちゃったら自分がやる意味がないですしね。
吉川 メイクの魔法力って日常でも絶対に使っていると思うんですが、どこまで必要?って最近よく考えるんですよ。
例えば眉描くだけで、黙ってても頼りない顔や怒った顔、セクシーな顔になれるでしょう?
でも本当は、そう見せたいならメイクで感情までは表現しないで、自分でセクシーな表情をしたり怒ったり泣いたりした方が素敵かなあって思うんです。
カイノ そうしたらメイクって、ほんとちょっとのことですよね。
赤い口紅をつけたい気分のイメージさえ自分でわかっていたら、自分に似合う範囲で赤みを足して、あとは洋服や表情でその雰囲気に持っていくことができたら自分が綺麗ですもんね。
自分を引き出すものはメイクだけじゃなくていろいろありますから。
そういう意味ではわたしは香りも結構大切にしてますね。
その日の気分で変えてみたりとかしています。
例えばAesopのオードトワレ“Marrakech Intense”は、ちょっとエキゾチックな気分にさせてくれたり、ルラボのフルーティーに香る“AMBRETTE9”はフレッシュでスッとなれるし、AcorelleのDouceur de Roseは、ちょっと甘いローズ系で女性的な気分にさせてくれます。
私の場合は、こんな風に香りで気分を盛り上げると、メイクやファッションもちょっと上がりますよね。
吉川 ビューティーの写真は時々、メイクだけでいろんな雰囲気を表現しようとするから化粧がくどくなっちゃうと思うんだよね。現実の世界では、風になびく髪や太陽の光、洋服、表情、香り、全てが集まって、その女性の雰囲気を感じるわけで、いろんなことをメイクに託したらコテコテの人になって雰囲気なんてなくなっちゃう。だけどメイク好きでそういうのを真似る人はそうなりがちじゃないかな。
メイクが綺麗なのと女性が綺麗なのって結構違うことだと思うから。
私のコンプレックスとモデルという仕事
カイノ でもメイクが強いっていう意味では日本よりもアメリカに多い気がしますけど。
吉川 そうですよね。ニューヨークは奇抜な人が多いとい意味では。
日本は化粧が濃くてもそれとはちょっと違って普通な感じというか。
でも別な怖さがあって、大人の女性がすごく若い女性の服を着ていたり、年齢に対してかたくなに拒否している感じは多く見かけるかな。
美容も同じだからいろんなオブセッションやコンプレックスでお化粧が厚くなる?
カイノ 自分の経験からなんですが、美白とかもある程度バランスを保って取り入れないとって思います。
わたし肌色が地黒っていうか、もともと白くないんですけど、学生の頃、結構それをからかわれたんですよ。でも人を怒れないタイプなので、言い返せなくて結構傷ついてしまって。
自分の肌色がすごく嫌になってしまって、買える範囲で肌が白くなることを色々やったんですよ。いわゆる美白を。
吉川 傷つけている人たちの多くは自覚がなくて、ただからかっているだけとか、時には親しみも入っていたりすることもあって…。そういう人たちを変えることってできないから、自分を守るにはそこから出ていくしかないですよね。
カイノ 私はその頃、12年間ずっとやってきていた新体操に一生懸命で、自分の居場所はそこっていう感じになって、一人で朝練とか、昼練している時間が一番楽しかったです。
吉川 部活は天国みたいな時間だったんですね。
カイノ そのあとモデルを始めた時は、この肌色の濃さがなんかヘンに目立っちゃってるな〜みたいな感じがあって、それが綺麗って思えなくて。
何年かはそういう自分の気持ちに結構苦労しました。
私のマネージャーはそれが個性的でいいって思ってくれていたんですけど、自分は納得できなくて、多くの人にはどう思われているのかな?っていつも思ってました。
吉川 カイノさんが所属しているアマゾーヌっていうモデル事務所は僕が日本にいた頃からあってね、昔もそういうふうに個性を大切に考えるモデル事務所だったよね。女優の“りょう”さんもいたしね。彼女はモデル時代もシベリアンハスキーみたいに目が鋭くて印象的だったけど、そこがよかったんですよね。
カイノ 社長がモデルやっていたこともあって、個性を大事とされている方が多いから周りの理解はあるんですけど、自分の気持ちだけがね…。
吉川 そういうコンプレックスを持ちつつモデルをやって、どうですか?
カイノ 結局この仕事に助けられました。いや本当にそれは思います。自分の肌色に対して今はほとんどコンプレックスを感じてないですよ。
時間が経つにつれ、自分の個性の一つとして少しずつ受け入れられるようになりました。
吉川 モデルって自分の美しさを自覚しないとできない仕事だからね。
カイノ そうですね。自分を認めないと続けられないから。
吉川 自分が嫌いなモデルさんで整形ばっかりしちゃって、とんでもないことになっちゃった人をたくさん見てきたよ。
辞めていくか自分の持ち味を大切にする努力をしているか、2種類だね。
カイノ どれだけ持っているものを引き出せるかっていうことですよね。
吉川 時代を超えて、トップモデルはみんな自分の個性をすごく大切にしているよね。ひととは相当違った個性でも、自分でそれを受け入れて活かすからそこに行けるんだよね。モデルってそういう職業だから10代で始めると、思春期でコンプレックス真っ盛りの頃に自分の魅力に気付かされるじゃないですか。それって学校でもどこでも教えてくれないけど、人生の中で大きな価値があると思うんだよね。
カイノ しかも気がつくと楽しくなれると思います。
吉川 なのにモデルは綺麗な人がなってるっていう世間の誤解と、だから“あの人たちから聞くことは何もない。”っていう先入観があるから、モデルさんも語らないしね。
こんな大事なことなのに知られていないと思うんだ。
カイノ もともとモデルってみんな普通だと思いますよ。学生時代も普通だと思うし。
吉川 むしろデカイだのなんのっていじめられた話はよく聞くけどね。
カイノ そういうのはありますね、絶対。
最強の笑顔
吉川 カイノさんにとって思い出深い撮影ってある?
カイノ ひとつは、モデル始めた頃なんですけど、テスト撮影みたいな感じで。
その時わたし、ピンクの髪だったんですけど、衣装も作ってくれていて、それも嬉しくてすごく自分の気分が上がってたんですよ。その日の撮影が本当に楽しくて。綺麗に見せなきゃとかそういうのがなくなって、もう“無”になって解放されちゃったんです。周りにカメラマンとかがいても気にしないで、むしろ見てもらっていることでテンションも上がって。その時のめっちゃ大笑いしている写真があって、それが今までの撮影の中でいまだに一番いい笑顔です。
吉川 へ〜、自由になったんだね。
そういうのは最強なんです。
カイノ それで当時の所属事務所の代表でもある方にその写真を見せたら、“あなた、この笑顔をするって本当にすごいわよ!”って言ってくれてモデルの道が決まったんですよ。
アラーキー
カイノ もう一つは、アラーキー(写真家・荒木経惟)と一緒に撮影した時ですね。
どちらの撮影も気がついたらピュアーな気持ちで自分から出てくるものを出せたっていうのは共通で、それはまわりの引き出す技術なんですよね。
吉川 だからアラーキーは世界で有名なんだと思いますよ。
ニューヨークで出会う世界で有名なクリエイターでもアラーキーが大好きとか憧れてるっていう人、すごく多いですもんね。有名なファッションカメラマンでもね。やっぱりそういうモデルから引き出す力が半端じゃないのは、彼の写真を見たらわかるんだよね。すごいなあ。
カイノ モデルやってて気持ちよくなるっていうのが本当にわかりました。