敏感肌だからこその美意識
吉川康雄 山下さんは派遣社員から社長になられたということで、その経歴も注目されていますね。
山下慶子 私は昔から自由でいることが好きで、自分は何者でもないという思いが強かったんですが、なんの因果か何者かになってしまいました(笑)。
吉川 自由から社長という立場、かなり違う感じが……。
山下 責任はもちろんありますが、自分の自由な思いを尊重して仕事ができるということもあります。
社長になったとき、私がやらなければいけないのは人に会うことだと思ったんです。うちの化粧品を使ってくださるお客様にお会いして、支持していただける理由や、その反対に足りない課題なども感じられたらいいなと。提供していく側として、そういうポイントを拾い集めていく作業をやらなければと思っています。
吉川 なるほど。
山下 たくさんのお客さまの声を聞いていると、何かを決めるときに色々なお客様の顔が浮かんできますし、そういう体験をしていれば、少なくとも間違った判断はしない気がします。
吉川 美容やブランドに対して求めて感じていることは、話してみなければわからないですよね。
山下 そうですね。雑談してたわいもない話の先に、その人の美意識が少しずつ見えてくることってあるじゃないですか。それはみんな当たり前のように違っているし、そういう気づきからディセンシアが求める美意識は画一的なものではいけないということが見えたりもするんです。
吉川 人の個性を尊重されているブランドなんですね。
山下 それから面白いなと思うのは、私は“敏感肌”という言葉に対して、ちょっと湿っぽくて、暗いイメージを勝手に感じていたのですが、 実際に敏感肌の方に会うと、センシティブであるからこそ自分をよく見つめていらっしゃるし、ちょっとした差にも気づく感性を持った方たちなんです。
吉川 敏感肌っていう言葉の響きは特殊な一部の人たちっていう感じがあるけど、僕がお会いしてきた女性たちの多くは、敏感な時期や状況を経験しているようにおっしゃっている。それが美容の美意識とも重なって、“敏感肌の時ってどうしよう?”っていう思いを持っている人、多いと思います。
山下 “敏感さ”と“繊細さ”は近い部分があって、感じるからこそ自分が好きなものと好きでないものがわかっている。そういう方たちが敏感肌に悩んでいるのだとすると、ものすごく美意識の高い方たちなのでは?と思うんです。そんな方たちの感性をどう刺激していくか、という方向に舵を切るほうが正しいと思えますし、だからこそ現場感覚を大事にしていきたいです。
吉川 美容のお手入れ歴が長い女性ほど、自分の肌を見ているからいろんなこと気づきやすいし、お手入れの刺激で肌を敏感にすることもあるから、僕は自覚のない人も含めて全てのそういう女性たちが敏感肌だと思っています。
だとするとすごくたくさんの女性が山下さんの考えるべき人たちになりますね。
美容とは、“かすかにあらわれた神の姿”
山下 このインタビューのテーマとなる“自分を愛する”ということに直結する“美しさとは?”という深淵な問いについてかなり考えました。そして改めて“美容”の意味を調べてみたんです。
吉川 なんでしたか?
山下 美容の「容」というのは、“かすかに現れた神の姿”なんですって。容のかんむりが神様の家をあらわしていて、その下に「谷」がありますよね。谷の中の「口」はサイといって祝詞を入れ込むもの。神様の家にサイをお供えすると、そこにかすかに神の姿があらわれる。
吉川 神棚みたいなものですか?
山下 はい。神棚みたいな深淵なものの中でかすかに現れたものが「すがた」「かたち」という意味になったんだそうです。この成り立ちを聞いたら納得できたんです。みんな鏡を見て「こうありたい」とか、「もっとこうなりたい」とか、いまの自分より少し先のことを思い描いていて、そのギャップを埋めるのが美容だとすると、なるほどなと思いましたね。
吉川 そんな意味があったんですね。
ところで今日は僕がメイクさせていただきましたが、鏡で見ていてどうでしたか?
山下 すごく新鮮だったのは、今までは、そばにいる人がキレイになってハッピーになるのを見るのが楽しかったのに、はじめて自分がキレイになる側になったことで、「ああ、これが自分を愛することのきっかけなんだ」と気づいたんです。自分に目を向けることが大切なんだとわかりました。
吉川 メイクをしてもらって感じることって、きっとあるんでしょうね。僕は経験したことないけど。
山下 基本的に私はコンプレックスの塊なんです。でもある時から、コンプレックスを見るのではなく、外にある美しい景色を目に移すほうがいいなと思うようになりました。
吉川 どんなコンプレックスが?
山下 容姿ですね。昔はメイクも怖くてできませんでした。
今でもメイクをして頂く美容部員さんも、誰でもいいわけではなくて…。この人は自分のことを見て何かをひきだしてくれているのか、ただプロダクトをつけているだけなのかって一瞬で感じちゃいます。
吉川 化粧品ブランドのリーダーをされていて、そんなふうに見えちゃうとブランドに求めるものが大変になっちゃいますね(笑)。
山下 今日の吉川さんのメイクは、人も、人の気持ちまでも見ていらっしゃるのを感じました。だから自分に対する気持ちがどんどんあがっていく。ただプロダクトを塗ることできれいになれるわけではないということを吉川さんは強く発信されていますが、それを感じましたし、こういうことを伝えているんだなって思いました。
自分を開いていくことが幸せにつながる
山下 私もそうですが、コンプレックスを持っている人は目が濁るんですよね。フィルター越しに間違った認識をしているから、よくわかります。
吉川 コンプレックスは自分自身を見えなくさせてしまいますよね。
僕の今日のメイクアップは劇的な変化はないけれど、山下さん自身と一体化しているから、「私っていい感じじゃん」と思ってもらえたら嬉しい。どんなにお化粧がキレイに仕上がったとしても、塗りつぶされて違う顔になっていたら自分を否定されているようで落ち込みませんか?
山下 本当にそう思います。今日のメイクで、美容ってやっぱりすごいなと。美しい景色も大切だけど、結局は自分に向ける目が開いていかないと幸せになれないんだなと実感しました。
吉川 自分を見つめ直すためのことって、だいたい精神論的なことを話しがちでしょう? でも自分を大切にする理にかなったお化粧や美容を考えることってとっても大切だと思う。それを知ったら分かりやすい。
山下 コンプレックスで時に人はゆがんじゃいますから。でも表情ひとつなんだなと思います。素敵な表情の人が街に増えれば、世の中はもっとよくなるのでは。
吉川 「人それぞれ違っていて、みんながきれいだよね」という意識が当たり前になれば、コンプレックスも少しずつ消えていくんじゃないかな。誰か一人だけがキレイと言った瞬間、他の全員を否定することになるし、それは本当に間違っていると思うから。
山下 ミスコンに違和感があるのは、そういうことだと思うのですが、私はあの落とし込み方は、そういう人たちにとっての祭りだと思ってるんです。
吉川 美しさや魅力に順番をつける必要も、審査する必要もないって思います。
山下 器でも、欠けがあったりミスプリントがあったりするほうが好きとか、ブサイクな猫のほうが可愛いとかありますよね。
吉川 何がブサイクなのか、ですよね。たとえば日本人の場合、鼻は高いほうがいいという風潮があるけれど、鼻が低いから美しくないわけではない。鼻が高いとこんな見え方、低いとこんな見え方だというだけのことであって、私の鼻にはこういう魅力があるんだと理解できたらいいだけのことだと思うんです。消えない傷も、愛してあげることができたら愛着が湧いてくると思うし。
山下 いろんなことを幼少期から刷り込まれていますからね。私はおでこが広くて……。でも小学校の先生に、「おでこの広さは聡明さをあらわしているんだよ」と言われて、「悪いことではないんだな」と初めて思いました。私の場合はそんな風に言ってくれる大人がいたから、おでこを出せるようになりましたけど、違うコミュニケーションをされていたら、隠していたかもしれません。だから言葉は呪いになり得るって思います。
吉川 どんなに近しい愛する人でも自分を傷つけることはあるから、自分を守る方法を持ってないとね。
山下 ちょっと話は変わりますけど、私は40歳を過ぎたあたりから“握ること”をやめたんです。会社もいつ辞めてもいいし、友人関係も求められればハッピーだけれど、執着して自分がコントロールするみたいな考えをやめたら、自分がすごく楽になりました。
吉川 周りの人ってそういうのを感じますよね、きっと。
山下 はい。楽しそうなったからか、逆に連絡をくれるようになりました。私からは全然連絡しないので、4日後ぐらいにLINEの返事してもみんな許してくれるし、ラインの未読が何百件あっても大丈夫(笑)。
吉川 LINEの未読何百件! それはすごいな。
山下 それを許してくれる人だけがそこに居てくれるし、“既読”、“未読”なんて気にしない、みたいなことになるんです。きっと、一人一人がもっと自立するといいんでしょうね。自分の好きなことや愛することが、今はこうだけど明日は違っててもいいじゃない、というぐらい自立していれば、みんなもっと気持ちよく生きられるんじゃないかな。
吉川 LINEは読むべきとか人に思わないで、ですよね。
13年前のクリームが今も宝物
吉川 山下さんの愛用品を見せていただけますか。
山下 右にあるのが、2007年にディセンシアから発売された「つつむ フェイスクリーム」なんですけど、このクリームで私はディセンシアに入社を決めたというぐらい、思い入れの深いアイテムです。
吉川 どういうクリームなんですか?
山下 乱れた角層に蓋をしましょうという、ごくごくシンプルな発想から生まれたものです。これは13年前当時のもので中身はもう空っぽですが、今も捨てられずに持っています(笑)。左側がその進化版の「ディセンシー クリーム」で、私の肌はこれに支えられています。
吉川 ここのところずっと、いろんなものを肌内に浸透させて効果を出すみたいな競争が多い中で、そういうシンプルな考えって少ないですもんね。きっとメーカーさんはいろんなことを言わないとよそに負けちゃうって思っているのかもしれないけど。これ、僕も使っていますが、肌を守ってくれてるような膜感をしっかり感じつつもべたつかなくって好きです。
山下 それから香りはつい求めてしまいます。いま気に入っているのは、オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーの香水「オー・トリプルローズ・ドゥ・ダマス」です。
吉川 昔の化粧品みたいで素敵なデザインですね。ついクセで「容器コストが高そう」なんて思っちゃいますが、見て気分を高めさせるこだわりって大切ですよね。
山下 香りがとにかく優しくて、フレッシュなんです。
吉川 これはなんですか?
山下 タンザニアのザンジバル島で買ったもので、火にくべるといい香りがするんです。ザンジバル島はかつてスパイス貿易の中心地で、いまもスパイスの栽培が盛んな場所なのですが、これは現地のタクシーの運転手さんが使っていてあまりにいい香りだったので、お店に連れて行ってもらいました。火をつけると空間が浄化される感じがして、セージと一緒に焚いたりします。
吉川 僕もザンジバルは撮影で行きましたが、文化的にも歴史があってエキゾチックで美しい島ですよね。でも日本からはとっても遠いのに旅行が好きなんですね。ご紹介ありがとうございました。
ところで社長である山下さんが目指していることはなんですか?
山下 うちは売上の9割がリピーターの方なんです。なので、一回使ったら使い続けたくなる。これからもそんな商品づくりをしていきたいと思っています。
吉川 肌って同じものの繰り返しを好みますからね。とくにスキンケアとベースメイクは。しっくりするものが見つかれば自然に離れたくなくなっちゃいますよね。
山下 不必要にラインナップを広げないようにしたいですし、スキンケアで冒険しにくい敏感肌の方に、同じ安心感をずっと提供できるかどうかということも、使命だと思っています。
それから今後は、使い方ももっと丁寧に伝えていきたい。みなさん使用量が多過ぎたり、反対に少な過ぎたりするので。メイクもそうですけど、学校のようにどこかで教えることができたらいいですよね。
吉川 まだまだやることはたくさんあるんですね。
世の中の女性のためにこれからも頑張ってください!
今日はありがとうございました!
Photos / Interview : Yasuo Yoshikawa
Text : Tomomi Suzuki