制約があるからこそ出来ること
吉川康雄 インスタを拝見しましたが、髪型で雰囲気が変わりますね。今日みたいなコンパクトなヘアも素敵だし、ダウンスタイルも可愛い。“抜け”の作り方が上手なのはさすがですね。
辻 直子 ありがとうございます。私はくせっ毛でニュアンスがつきやすい髪質だから、洋服に対して自分らしい雰囲気を出すっていうことができているだと思うんです。それが“抜け”に繋がっているんですかね。
吉川 持っている個性を味方につけて自分らしく……。ということは、トレンドを見せることが一番じゃないんですね。
スタイリストとしてのお仕事をなさっている時もそうなんですか?
辻 ほぼ考えていないです。
それは、20代の頃から仲良くしていたアメリカ人モデルの友達に言われたことが影響していて。彼女のページを担当していたときに「私は、ルールだけで考えた直子のスタイリングは求めていない。直子がお金を出してでも買いたいものでスタイリングして欲しい。ルールやトレンド、編集にこう言われたからとかでスタイリングしないで欲しい」と言われて。その言葉が20代の私にすごく響いたんです。もちろん、お仕事によってはそれが通らないこともあるけれど、どんなお仕事でも、自分が心で思っていることを伝えていくことが大事なんだなと彼女から教わったんです。
辻 私は自分が大好きなことを仕事にしているから、そんないいことを皆さんに伝えれたらなって。でも、このコロナ禍できっと皆さんも今までと違うことに意識が向っていると思うから洋服に対する優先順位が今までより下がっているかなと思うんですよね。
吉川 外出しないですからね。
辻 私でさえも1年前に比べると色々と考え方も変わってきていて。これまでは仕事やそれに伴う人間関係の優先順位がすごく高かったんです、去年の時間を経て、体や心やライフスタイル、自分という存在そのものに1番に目を向けられるようになれました。
吉川 コロナで強いられた規制に従うことで、色々なことを考えさられますよね。
僕が思ったのは、例えばマスクをしてる女性を見ていると、唇のことを考えないかというと、そうじゃなくって、逆にその存在価値を感じれるとか。仕事柄ですかね(笑)。
辻 母は専業主婦なのですがいつも筆で口紅を塗っていて、子供ながらにその姿がすごく好きだったんです。いま思い返してもやっぱりいいなと思うし。そんな記憶があるからか、口紅が大好きで。マスクありきの日常でも食事をする時はあるわけだし、マスクを取ったときにはっとするようになりたいんですよね。
吉川 マスクを外したときに口紅がキラっと光ったり、そういうのっていいですよね。
僕が立ち上げた「UNMIX」というブランドもコロナの真っ最中に1本の口紅からスタートしましたけど、こんな時だからこそ、唇の大切さを感じて欲しいなって。口元を隠すということは、ものすごく何かが欠落する。だから「あ、唇ってこういう役目なんだ」ということを感じて欲しいと思ったんです。
辻 唇って独特の魅力がありますよね。そこに色がのっているのは見ていても好きですし、マスクのあるなしに関わらず、すごく重要なポイントだと思います。
吉川 顔って唇を消すとモノトーンになるんです。唇は唯一血の色がある場所だから、その存在の魅力って大きいですよね。
辻 今日、吉川さんにメイクして頂いて、メイクの力って改めてすごいなと思いました。ほんとに女性を幸せにしてくれるお仕事ですよね。
吉川 すべての女性にそれぞれの魅力があるから、それを活かしたら、みんな素敵になれるって僕は思っているんです。
辻 吉川さんはメイクされるとき、どういう所を見てその人の美しさを探すんですか?
吉川 初めてお会いする女性って多いのですが、いろんな既存の美のルールみたいなものを当てはめずに、その人の顔や表情をいろんなアングルから眺めたりしていると、その人が放つ魅力を感じられるんです。それが消えないようにって思いながらメイクを始めるんです。
まずは人であることの綺麗さを消さないためにファンデーションもできるだけ塗りすぎないようにする。シミも完全に隠すことを目標にしないで、あくまで健康な素肌感を大切に仕上げることを第一とします。その結果、しみがソバカスぐらいの感じに軽く残っていても、肌の魅力でその人の綺麗さを感じれるなら、それを選びます。シミを消すために厚化粧になったら顔全体の印象が素敵じゃなくなるじゃないですか。
辻 私は自分の肌の中でちょっとな……と思う部分も「それも私」って思っています。コンシーラーして透けているくらいが丁度いいと思っていて。機械的な人形的なことになるのは不自然で、あらがあるからその人らしさで自然に映るってあると思うんです。
吉川 全部含めてのそれが美しさだと思います。その日その日の肌トラブルなんて誰にでもあるもの。それを程よくカバーして、全体を魅力的に見せちゃうのがお化粧の役割。
厚塗りで綺麗なお化粧じゃなくって、その人が綺麗に見える仕上がりを研究しないといけない。
辻 今日の吉川さんのメイクは、すごく私の自然を美しく表してくれて大好きです。私のもともとの何かが残っている。きっとこういうのってみんなの理想ですよね。
何を選ぶ時も自分軸で
吉川 10年前の辻さんと、今は確実に変わってきていますよね。そういう変化の中で似合うものも変わってくると思うのですが、どうやってアジャストしていくんですか?
辻 20代に着ていた洋服と今とで違いはあるかもしれないですけど、変わってない事もあります。昔から好きなものはハイウエストとかジャストウェスト、タイトな服も好きだし、そういうある程度崩さないポイントがあって、そこに付随する部分を変えていく。総取っ替えするのではなく、残す部分と変える部分があるんです。
フィットしているってすごく素敵なことだなと思うから、歳を重ねても、何歳だからこういう格好をしてOKで、何歳だからこうじゃなきゃということではなくて、私自身は「今の私にフィットしてる?」というポイントで選んでいるだけなのかもしれません。でも常にちょっと客観的に自分を見ていますね。
吉川 それ、僕の伝えたいメイクとも通じます。
辻 みんなルールで覚えようとするけれど、そうではないんです。例えばシャツの袖をまくるときも「何回折ればいいのか?」と聞かれたりしますけど、手の長さは一人ひとり違うから、この人はこうやっているけれど、自分の場合はどうだろう?と置き換える作業をしないと。
吉川 自分を研究するスペシャリストになって欲しいですよね。
辻 みんなあまり自分を軸にしていないなと思うんです。素敵になる方法が他人なんですよね。あの人が素敵だから、そうなるためには袖を何回折っているんだろう?とか、何色をつけているんだろう?とか、そういう見方になってしまう。入り口としては間違ってないけれど、自分を主体に当てはめないと、素敵がフィットしないかなって。何を選ぶ時も、自分の中に着地するように物を選ぶというか。私は、口紅の色も髪型も靴も、自分から飛び出さないようにしています。それが私に似合うということなんですけど。
コロナを経て起きた変化
吉川 今日は愛用品をお持ちいただいたので、見せていただけますか?
辻 口紅はベージュ系が好きで、つけるのは赤かベージュかのどちらかなんです。それは昔からずっと変わらないですね。
吉川 今日つけてきたベージュもすごく似合ってました。ベージュは穏やかな色だけど、その中に程よい血色もあって人が綺麗に見えるベージュというか……。
持ってきていだだいたアクセサリーは、ゴールドが多いんですね。お好きなんですか?
辻 疑問にも思わないぐらい、つけたいなって思うんです。ゴールドとシルバーをミックスすることもありますし、とにかく自分に似合ってるかどうかが大事。綺麗と思えばそれでいいし、違和感を感じたらやめればいい。
吉川 ゴールドは辻さんの肌色に似合いそう。ゴールドとシルバーって全然違う表情だからゴールド派とシルバー派に分かれることも多いと思いますが、合わせることでいろんな雰囲気を楽しむことが出来ますよね。
ところで、この強烈な色のオブジェはなんですか?
辻 これはマッサージボールなんですけど、私は今まで仕事ばかりしてきて、ご飯も作らないし運動もしなかったんです。だけどコロナ禍で料理をするようになり、体を見直すようになりました。一時期体調を崩した時があって、体が元気なら何でもできるなって。
吉川 それでトレーニングを?
辻 いや、そういうわけでもないんですけどね(笑)。今まで私は、自分に手をかける気持ちの余裕がなかったんですよね……というか全く興味がありませんでした。時間があったらボーっとしたいとか、買い物に行ったり友達と会いたいと思っていたけれど、体のケアをすることって、こんなに良いものなんだ!って驚いています(笑)。
心のケアをしたいなら体を動かすのがいいし、体を動かすと心もフラットでいられるから以前よりも眠れるようになりました。気持ちがラクになったせいか、私はいつも100点を取ろうと思って生きてきたのが、意識しなくても意外と100点取れる日もあったり。最近は「まあいっか」って言葉がいいなと思っていて。
吉川 僕も昔はその言葉が嫌いでした。だけど気楽にやったらいいんじゃないって思えるようになってすごく楽になった。
辻 「適当でいいんじゃない」という言葉に対して「適当って言わないでよ!」と苛立っていた時もありましたけど、みんなの力がなければ出来ない事がたくさんあるって気づいたら、自分一人でふんばって上がらなくても、もういいんじゃない、って。頑張る時は勝手に頑張っちゃうだろうし、そのくらいの気持ちでいるほうが私の心は平和です(笑)。
みんな、何をいいと思うかは違いますし、そういう中でも私は自分がいいと思うことをしっかり表現したいので、“違い”も楽しんで前に進みたい。そうすれば「今日もちょっといい日だったな」と思えるんじゃないかな。
Photos / Interview : Yasuo Yoshikawa
Coordinate / Edit:Maki Kunikata
Text : Tomomi Suzuki
Thanks to:LEPSIM