from Japan

“こうありたい”を突き詰めた先に

川上ミホ 料理家・フード ディレクター

▼Profile

川上ミホ MIHO KAWAKAMI

国内外のレストランでのシェフ、ソムリエ経験を経て独立。食のスペシャリストとしてテレビCMや書籍、雑誌などのメディアを中心に活動するほか、東京・目黒にプライベートレストラン「5quinto」もオープン。イタリアンと和食をベースにしたシンプルなレシピと、洗練されたスタイリングが人気。2020年より軽井沢と東京の二拠点生活をスタートさせた。
公式Instagram:@miho.kawakami.5

私が表現する意味がある仕事を

吉川康雄 川上さんのお料理、何料理っていうんでしょう? インスタグラムやHPを拝見しましたけど、プレゼンテーションが自由で綺麗! 僕、すごく好きでした。今日お邪魔している「5quinto(川上さんが主宰するプライベートレストラン)」も素敵ですし……。日本のトラディションがモダンな東京スタイルが混ざり合ったワークスペースっていう感じで、ニューヨークのアーティストのアトリアみたいですね。

川上ミホ ありがとうございます! 私もともとソムリエからキャリアをスタートして、フレンチ、イタリアンに進みました。イタリアンレストランで料理人もしていたんですけど、もう少し自由に、自分の好きなように料理してみようと考えたときに、落ち着くのは和食だったんです。

吉川 今ふと思ったのですが、この空間って、川上さんの料理のプレゼンテーションと同じ美意識を感じちゃいます。作る料理もこの場所も全部がつながっている感じ。

川上 うれしいです。同じレシピ、同じ食材を使っても、人によって出来上がるものや見え方が全然変わるので。その人の料理を食べると、その人がわかったりもしますし。

吉川 やっぱり、料理を見て人を見ますか?

川上 はい、見えます。「この人は何を考えてこの料理を作ったんだろう」というのが見えるので、なるべく考えないようにしてますけど。

吉川 僕もメイク見ると感じちゃうんですよ(笑)。仕事では、それを深掘りしちゃうんですけれども、普段はそれがすごい嫌で、その能力は封印するんです。

川上 私も一緒です(笑)。

仕事の話に戻りますけど、独立してフードの仕事を始めた時は仕事を頂けることが嬉しくて、相手にとって必要なものを考えて、それに合わせて表現をしていたんですね。そしたある時主人から「そういう仕事のやり方をしていると、誰でもいいものだから、いつか取って代わられるよ」と言われたことがあって、ものすごくハッとしたんです。

吉川 ご主人もクリエイティブなお仕事をされているんですよね?

川上 アートディレクターをしています。もちろん今でもクライアントの商品開発や広告の仕事では、相手の要望を汲み取る必要がありますけど、その一言がきっかけで、私がやる意味、私が表現する意味がある仕事をしていこうと思うようになりました。

吉川 それは素晴らしいアドバイスですね。

川上 それから最近娘と話していて思ったのが、私たちは「みんなで仲良く遊びましょう」と言われて育った世代ですけど、これからはちょっと違うのかなと。みんなと仲良く遊ぶのは大切だけれど、人と違うのを怖がらないことも大切だなと思うんです。そういう意味でも自分の気持ちに向き合うとか、そういう事をこれからミッションにしていきたいですね。

 

“こうなりたい”よりも、“こうありたい”を大切に

川上 よくインタビューで「目標はありますか?」と聞かれるんですけど、私は5年後、10年後にこうなりたいっていうのがあまりなくて。今の自分を積み重ねた先に、未来の自分が出来ていくと思うるので、“こうなりたい”よりは、“こうありたい”のほうがしっくり来るんです。

吉川 今日の今の自分なんですね、大切なのが……。

川上 20代の頃は「周りからこう見られたい」という気持ちもありましたけど、“人から見られる自分”ではなくて、“こうありたい自分”とは何かを突き詰めてみたら、自分の世界観がはっきりしてきました。でも、目標はないという話をしたときに「そんなに大きい目標を立てられないなら、あなたは大成しない」と言われたことがあって(笑)。

吉川 大成したら忙しくなるばっかりだから。僕も大成なんかしたくないな(笑)。

川上 でも吉川さんは大成していらっしゃいますよね。

吉川 僕の最近の生活は、今までの人生の中で、最も歯をくいしばって頑張ってる感じです。「UNMIX」を始めて、やり慣れない大変なことばかりでやめたくなる時もありますが、僕が感じたミッションのためだから、どうにかしてでもやらなくちゃって……。

川上 ジャンプする時って、そういう瞬間が必要ですよね。私も修業時代は楽しいことばかりではなかったけれど、必要だと思ってやっているうちに新しい世界が広がったり。地に足がついている我慢だから続けられるのかもしれません。

吉川 今がきついから、自分に優しくする研究をすごくしてます(笑)。

 

価値観が変わった軽井沢での生活

吉川 2020年に軽井沢に移住されたと聞きましたが。

川上 基本的には平日は軽井沢がメインで、撮影など仕事がある時に東京に来る生活です。軽井沢にできた新しい学校に娘を通わせたくて、開校のタイミングに合わせて行ってしまいました。最初は子どものためにと思って移住したんですけど、いちばん影響を受けているのは私と主人なんです。彼は東京生まれの東京育ちで「俺は江戸っ子だ」みたいなことを言う人だったんですけど、軽井沢に引っ越してから環境問題に関心を持ち始めたり、視野が広がったみたいです。私自身も感覚値や考え方が変わってきましたね。

吉川 お料理も変わりました?

川上 変わりましたね。主人は、料理をやってる奥様だから、毎日ご飯が豪華そうですね、って言われるらしいんですけど「いや、うちの妻の料理は、すごいストイックです」って(笑)。食材もすごくいいし、水も空気もいいので、素材の持ち味を引き出すだけで十分なんです。

吉川 東京の生活には戻れないですか?

川上 東京には東京の魅力があるし、仕事をするには面白いところですけど、私にとってはもう暮らす場所ではないんだなって思います。移住した当初は友人から「仙人みたいになっちゃった」と言われましたけど(笑)、プライベートでもリラックスできてインプットも多いし。たまに仕事で東京に来ると新鮮味があって楽しいので、両方あるほうがバランスがいいですね。

吉川 僕もコネチカットっていう田舎に住んでいて、週に1回ぐらいNYに行く生活を送っています。山の中の家なので、クマも出ますけど、そんなコントラストのある生活って、川上さんと同じで、最高に刺激を感じます。

川上 すごい親近感! うちも森の中にあるんですけど、クマはいるし、猿やカモシカやもいたり、サファリパーク状態です。クマがこんなに身近にいることを、移住前はまったく知らなくて。

吉川 クマは結構近くまで来るんですか?

川上 来ます。

吉川 それね、庭でバーベキューとかしていません? バーベキューしてる家に来るんです。

川上 そういえば! うちは庭に石で焚き火場を組んで、直火で肉を吊るして焼いています。

吉川 それはもう呼んでいるみたいなもんですね(笑)。

 

40代になって、より身軽になれた

吉川 軽井沢に暮らすようになって、外で過ごす時間も増えましたか?

川上 すごく日焼けしました。でも気持ち的には日焼けをしたことがネガティブじゃなくて。

吉川 楽しいのが一番ですよ。美容がそれ以上にいっちゃって、いろいろ出来なくなっちゃったらネガティブなんじゃないかなって。人間楽しむために生きていると思うので。

川上 美容って、自然を楽しもうとするとネガティブになることがありますよね。でも、だからこそ気持ちがいいこととか、楽しいことの大切さに気づけたりするので、私はナチュラル志向だけど、美容が好きなんです。

吉川 女性って美意識を持って自分の顔を触るから、いろんな大切なことを感じれると思うんです。それって、ものすごく心を育てますよね。

川上 スキンケアもヘアもメイクも、自分を肯定していく作業だなと。自分のことを好きになっていくというか、こうある自分を受け入れていく。そういう意味でも、美容はすごく力があるもので、素敵だなと思います。

吉川 いろんな女性をメイクしてきて思うのは「すべての世代の女性にピュアネスがある」ということ。年齢を重ねると、いろいろ隠そうとして厚化粧になりがちですけど、僕がメイクをするためにお化粧を取ると、みんなキレイなんです。それを見てきたからこそ、「10代だけが持っていると思っている透明感やピュアさは、実はみんな持っているよ」ということを、すべての世代の人に伝えたくて。

川上 なるほど! 透明感て、日々失っているものだと思っていました。

吉川 消しているだけなんですよ。

川上 気持ち的には、40代になって色々なことが削ぎ落とされて身軽になった気がします。20代は焦りがあって、30代になると周りも気になったり……。それが40歳を過ぎると、「人生短いから、そんなことに惑わされてる場合じゃない!」と気づいて。あと最近は、素敵な50代、60代、70代の方々が目に入るようになったのも大きいですよね。

吉川 若い人たちが年取りたくないな、と思う世の中にはしたくないんですよね。「年をとっても意外と楽しいよ」と、年齢を重ねた人たちが感じてるような、そういう空気つくらないと。

川上 日本人って楽しいとか、幸せみたいなのをあんまり表に出さないですよね。そういう部分を変えたほうがいいなって。

吉川 僕もこれといった人生の目標はないんですけど、幸せはいつも目標なんです。僕の幸せって、この仕事が成功しようが失敗しようが、それとは別で、自分がその時々にいいなと思えたらそれでいい。結果の形よりも心に感じる気持ち?

川上 同感です! そういうことを、もっと表現していけたらと思います。

 

ステーホームを経て気づいたメイクの効用

川上 今日の吉川さんのメイク、すごく幸福感が出ていてうれしいです。自分でやると少し寂しそうな顔になってしまうので。

吉川 レストランみたいにキャッチオブザデイ。今日お化粧する女性の素材を思いっきり活かしてメイクしたから、眉を丁寧に描いて、肌を獲れたての魚みたいに艶と血色で生き生きとさせただけなんです。それ以外何も変えてないから違和感なんてないでしょう? 調子がいい日ならあなたはこう見えるべき!というイメージの仕上がりなんです。

そして川上さんが気に入ってくれたから、その嬉しい表情でさらに魅力が上がるんです。メイクのできることって大きいけど、メイクだけじゃ本当の効果なんて何も出ないから。

川上 ステイホーム中にメイクをほとんどしていなくて、久しぶりに人と会う時にきちんとメイクをしたら、やっぱり楽しくて気持ちが切り替わるんですよね。こういう状態が続いても、人にはメイクが必要なんだと思いました。

吉川 メイクして自分の気持ちが上がるって絶対素敵なことです。

川上 それがきっかけで、新しいカラーマスカラを買ったんです。

吉川 何色を買われたんですか?

川上 グリーンと、ちょっとグリッターが入ってるパープルを買いました。新しい色に挑戦すると、見えなかった自分がまた見えて楽しいですね。

吉川 メイクは失敗したら消せばいいだけの話なんで、どんどんやって欲しいですね。

川上 最近YouTubeで、ドラッグクイーンの人がメイクをするチュートリアル動画みたいなのを見て、すっごく楽しいと思いました。自分には、あそこまでの変身願望はありませんけど、楽しそうにメイクしていて、人がキレイになっていく様子を見るのが楽しかったです。

 

アレルギーの娘のために作ったドーナツ

川上 よかったらこれ召し上がってください。グルテンフリーで、動物性の素材を使っていないドーナツなんです。

吉川 優しい甘さがすごくおいしい!

川上 これは娘のために作ったものなんですけど、彼女はアレルギーがあって、ドーナツが食べられないんです。主人もいろいろアレルギーがあって、二人して気持ちがわかるみたいで。

吉川 じゃあ川上さんは、家族の中で一人だけ強いんですね。

川上 最近は、好き嫌いは個性だと思うようになったので、好き嫌いがないから良い、悪いじゃないなと。

吉川 子どもの時にはわからない味もありますもんね。

川上 食卓を囲む時間は大切だけど、みんなが同じに食べなきゃいけないというのは、違うんだなって。それからアレルギーがあることは彼女にとって不便なことではあるけれども、不幸ではないと思うんです。

吉川 なるほど。

川上 彼女のアレルギーによって、私自身も食べられないものがある人の気持ちもわかりましたし、「食べられないから仕方がないね」ではなくて、それでもみんなで食べられるものがあるんじゃないかと。それで、アレルギーの娘も楽しめるおやつを作りたくて考えたのが、このドーナツなんです。でも毎日の食事に加えて作り続けるのは大変なので、ブランドとして作っていけないかなと思っていて。

吉川 ベーカリーみたいなところとコラボする感じになるんですか?

川上 売ろうと思っていたタイミングで移住してしまったので、まだ整っていなくて……。今召し上がっていただいたのはメープル味なんですが、味をもう少し増やしてお披露目できるかなと思います。私のInstagramで情報をお届けしていく予定です。

 

お気に入りのリップクリーム

川上 決まった愛用コスメはないのですが、リップクリームやハンドクリームが大好きで。仕事柄においに敏感なのもあって、人工的な香りは好きじゃないんです。この「ザ パブリック オーガニック」のリップクリームは香りもテクスチャーも気に入っていて、何度もリピートしています。軽井沢にいるときは、森や土の香りとか、日々の生活の中でナチュラルに癒されていますけど、東京に来るときはこのリップクリームや、オーガニックなハンドクリームをお守り的に持っていますね。

 

考え方に共感したお茶のブランド

川上 これは「tabel(タベル)」という、友人がやっているお茶のブランドなんですけど、日本の地方に隠されている、今まで見向きもされていなかったものを発掘して、お茶にしているんです。

吉川 さっき出していただいた黒文字のお茶ですね。とても香りが良くて美味しかったです。

川上 清涼感のある香りでリラックスできますよね。黒文字って、和菓子を食べる時に使う楊枝の木ですけど、葉っぱは捨てられることが多かったそうなんです。でも精油を細かく見ていくと、抗菌作用もあるみたいで。ナチュラルなものの中に人を癒す力を見出したり、もともとあるものの中に本当は価値があると再定義したり、そういう部分に共感しています。

 

Photos / Interview : Yasuo Yoshikawa

Coordinate / Edit:Maki Kunikata

Text : Tomomi Suzuki

取材を終えて

After the interview

すべてのレストランじゃないかもしれないけど、料理って、作る人の優しさを感じることがあります。それは“おふくろの懐かしい味”だから、とかじゃなく……。

口に入れて体の一部になるものを他人からいただくわけで、一番無防備な瞬間だから、味だけじゃなくいろんなものを感じれるのかもしれません。

良くも悪くも……。

人の思いが通じあえる仕事。

自分も運良くそんな仕事をしているんだなって、最近気がついたんです。だからそれを楽しめるようにやっていきたいなって改めて思いました。

 

吉川康雄