パリでヘアスタイリストとして活躍
吉川康雄 SHUCOさんはパリに長く住んでいたと聞きましたが。
すごく有名なカメラマンのパオロ・ロベルシさんともお仕事されてきて、いい作品がたくさんありますよね。
SHUCO 9年間いました。もともとはメイク志望で留学もしたかったのですが、まずは美容師の免許を取って、東京のサロンで働きはじめたんです。その時に、のちに師匠となるパリ在住のヘアスタイリストのトモヒロ・オオハシさんと知り合って。「いつでも遊びに来なよ」というのを真に受けて(笑)、夏休みに行ったらパリが気に入ってしまって。ちょうどトモヒロさんのアシスタントが帰国するタイミングとも重なり、「手伝ってよ」という感じでパリでのアシスタント生活が始まりました。
吉川 僕も「ニューヨークに遊びに来なよ」と言うことはあるけど、本当に来る人は少ないし、わざわざ来た人はそれだけで価値があると思ってる。来たという時点でやる気十分なわけだから、第一関門突破だよね。
SHUCO メイク志望だったんですが、トモヒロさんのお手伝いをしているうちにヘアが面白くなって。
吉川 そうなんだ。自分がやりたいことをやっていると、自然と道は広がるよね。僕も撮影のメイクしかしていなかったのが、いまは化粧品作ってインタビューして女の人にメッセージを出してって、どんどん広がってきた。SHUCOさんも「メイクをやりたかった」というところから、思いがけないことだらけですね。
SHUCO 日本への帰国を決めた時も、海外のファッション誌で仕事をした時のような興奮は味わえないだろうから、何を目的に仕事しようかな?って考えたんです。たどり着いた答えは、ファッションの仕事をやりながらも、普通の人たちをキレイにするお手伝いをすること。最先端のモードもパーソナルなことも、どちらもできるようになったらいいなと。
吉川 海外のファッションの仕事で素晴らしいビジュアルを作ったときって、自分の満足度や達成感が高いでしょう?「すごいの作っちゃったよ!」って感動するし……。日本の仕事で得られる喜びってそれとはまた違うわけだけど、SHUCOさんの満足感は、それでも大丈夫だった?
SHUCO 私はまったく平気でした。もともと自我を通そうという気持ちがなくて、スタイリストやアートディレクターとか、スタッフが求めていることを再現できて、彼らがハッピーになってくれることが嬉しいタイプなんです。「やった! 理解できてた!」って。
吉川 へえ! そうなんだ。僕とはまたちょっと違うんだね。
SHUCO もともと「どや! 私のヘアは」っていう感じでもないので、スタッフが求めていることを読み取りながら作るほうが面白かったです。
吉川 外国の人のセッションなんて、どや! どや!でしょ(笑)。そんな中でSHUCOさんは稀有な存在だっただろうね。
SHUCO かもしれないですね。私は“なんなら髪の毛は見えなくてもいいよ”っていうスタンスで。髪の毛が見えないビジュアルがいいなら帽子をかぶってもいいし。もともと誰かが喜んでくれることが好きなんだと思います。
ヘアロスを経験したからわかること
SHUCO 実は私、小学3年生のときに円形脱毛症になって、つい最近までヘアロスに悩んでいたんです。ショックなことではありますが、それを経験してきた者ならではの気づいたこともあって…。それにヘアスタイリストをしているからこそ生かせることがあるんじゃないかと。
髪の毛がないってことの大変さはよくわかります。子どもの頃は学校に行くのが嫌だったし、地下鉄とか風が強い場所に行くのもストレスでした。自分は見られても構わないけれど、周りの人に気を使わせるのが苦しくて。急に優しくなったり、腫れ物に触るみたいにされるのもイヤでしたね。ファッション誌のお仕事も好きですが、自分と同じヘアロスに悩んでいる人のための活動もできたらなと思います。
吉川 そういうショックな経験は、すごく自分の中に入ってくるから、その時は辛いけれど、あとで考えるととっても貴重なことにもなり得るし、そうなったら“ありがたかった”と思うことさえ僕はあります。
SHUCO 私もパリですごく感じの悪い人とお仕事したり、この場から消え去りたい!と思うぐらいしんどい時がありましたけど、いま振り返るといいネタです(笑)。
吉川 そういうのってありますよね。ものすごくワガママなスーパーモデルとか、本当はいい人かもしれないけど、自分にとって毒な人には近づかないようにって気がついた。ベストを出している自分をみじめな気持ちにさせるような人とは仕事をしてはいけないって。
SHUCO 私が日本に帰ってくるきっかけも、それが少しあるかもしれないです。大変な仕事が続いたときに「一生こういう生活を続けて、海外を飛び回るの?」と疑問に思ったのもひとつの理由。
吉川 やりたいことって変わるんだよね。僕は世の中の女性たちが美容に傷つけられているのを見て、こういう仕事をしてきたからこそ伝えられることがあるなと思った。クリエイティブな仕事をするためにニューヨークに行ったのに。
SHUCO 日本に帰ってきたときに、もったいないとか、諦めたみたいな目で見られたりしましたけど、全くそういうことではなかったんですよね。自分は納得していたから、傷ついたりはしなかったですけど。
吉川 人って勝手に他人をジャッジするから。思いつく理由をくっつけて「この人は帰ってきちゃったんだ」って。
人の言葉は止められない。だから自分をみじめな気持ちにさせるような人といてはいけないということなんですよね、やっぱり僕的には。
抽象的なんですけど、“しあわせ”という言葉がどんどん好きになってきて……。自分が生きていて楽しいと感じなかったら何をやることも意味がないと思うから。その生きていて楽しい感じが“幸せ”なのかなって。
SHUCO そう思います。自分の中の課題として、脱毛症が完全に治るかわからないけど、一度ほぼ克服した状態まで持っていきたいんです。鍼はすごく効いたし、育毛サロンにも通っているんですが、頭皮にヒト幹細胞の原液を入れるのが効果的で、地肌の環境を整えるのに良いみたい。とにかくストレスをためずに、幸せに、ハッピーに生きることが一番だなって思います。
ヘアドネーションを広めていきたい
吉川 SHUCOさんが活動されているヘアドネーション(髪の寄付)について詳しく教えてもらえますか?
SHUCO いまはお休みしているんですけど、ヘアドネーションに協力してくれる人に私が無料でカットするイベントを開催していました。会場に寄付ボックスを置いて、そこに集まったお金と髪の毛を寄付するんです。
吉川 その髪の毛は何になるの?
SHUCO ウィッグです。私は、事故や病気で髪の毛がない18歳未満の子どもたちのためにウィッグをつくっている団体に寄付しています。
ただ、本来なら髪の毛を切る行為は美容師さんが美容室でやるものだから、それを無償でやるのは良くないのかなとも思っているんですが……。カットしてくれた人のビフォーアフターをSNSなどに載せたりすることで、たくさんの人にヘアドネーションのことを知ってもらえたらいいなと。
吉川 きれいを楽しんでもらいつつ、ヘアドネーションの意識を広めるんですね。
普通は美容院でカットした髪の毛はどこに行くの?
SHUCO ゴミですね。ドネーションしたいと言えば普通のサロンでも対応してくれると思うので、切ったものを自分で束ねて送ってもいいですし。ただしメディカルウィッグにする場合は、31センチ以上の長さで完全に乾いている必要があります。それから子供のカツラを作るには、頭の採寸やウィッグ装着後のカットなどの調整が必要なので、そういうボランティアも今後やってみたいです。
吉川 ボランティアだけだと、別のところでお金を稼ぐ必要があるから長続きさせるのは難しいけど、たとえば企業と協力して、カツラをもっとおしゃれなものにすることでビジネスにもなるし、培った技術をドネーションにも還元できる。その2つが結びついたら、もっと発展していくんじゃないかな。
SHUCO 同感です。確かに、ボランティアだけだと限界がありますよね。
フランスにいた時、部分ウィッグの会社の仕事をしていたんです。脱毛症に悩んでいる若い子たちにウィッグをつけて、ヘアカットしてなじませてあげたんですけど、「これでやっと学校に行ける!」と、みんながキラキラした笑顔になることに勇気をもらいました。ただ、ウィッグのクオリティが悪くて……。毛質はよくてもバランスがおかしかったり、変な密集度でセットが難しかったり、もっといいものが出来るはずなのにと悔しかったですね。
吉川 やってみて不満を感じたということは、開発できる人と取り組めばいいものを作れるということだと思う。そもそも僕がツヤ肌を考え出したのも、肉眼で見て美しくもないパウダーメイクに疑問を持っていたからで、そういう不満が新しい技術につながったと思うんだよね。だから僕は不満とか文句はものすごく大切だと思うし、それを我慢しないように心がけている。カツラの場合も、SHUCOさんの不満を解消するために力を貨してくれる技術者がいれば、一緒に前に進めるんじゃないかな。
SHUCO なるほど。その先に進む勇気がなかったんですけど……。
吉川 人生は短いから、気づいたときにやらないと。カツラのドネーションの資金をカツラで作り出せたら、きっと最高だよ。
美しいものに囲まれた暮らしを
吉川 今日はSHUCOさんのおうちにお邪魔していますが、生活空間をものすごく大切にしている感じがします。このティーカップも可愛いし。
SHUCO これはフランスの蚤の市で購入したものです。生活のちょっとしたことに「しあわせ」と思うことを大事にしたいし、美しいものを作る仕事だから、自分がきれいだと思うものに囲まれて生活したいんです。
吉川 同感です! 気分が上がりますからね。 ほかの愛用品も見せてもらえますか?
SHUCO フレデリック・マル(写真上)は、ひとつひとつの香りにストーリーがあるところが大好きです。この「UNE ROSE」はバラという意味なんですけど、フランスって、バラとワインが食卓にあれば幸せだよねというのがあって、そういうフランスの幸せな時間を思い出させてくれる所がいいですね。ディプティック(写真下)も愛用しています。香りを身につけることは少ないけれど、部屋にまいて香りを楽しんでいます。
SHUCO ヘアものでいうと、メイソンピアソンのブラシは名品! 髪にツヤが出るし、頭皮環境的にもブラッシングは欠かせません。私は小回りが利く小さいサイズを愛用しています。
吉川 海外のヘアドレッサーでこれを使っていない人がいないくらいですよね。僕もヘアーをやっていた時は使っていました。
SHUCO それから髪のボリュームアップに活躍しているのが、バンブルアンドバンブルの「ビー シックニング スプレー」(写真左)と、ルネ フルトレールの「ボリュメア ミスト」(写真右)。どちらも海外で購入しました。日本人は髪の多い方が多数派なのか、薄毛の人向けのプロダクトが少ない気がします。
吉川 それはきっと、髪が少ない人たちの声が小さいんじゃないかな。みんな隠そうとするから。
SHUCO そう、 結局隠してしまうんですよね。
吉川 SHUCOさんはヘアロスも体験しているし、色々な知識や技術を持っているでしょ。そういうことはたくさんの人が知りたいはずだから、もっと広めていけるといいですよね。絶対みんな待ってますよ。
SHUCO 待っていますかね?
吉川 ヘアスタイリストとして最先端の場で経験を積んできて、また次のステージに自然と移行するのはすごいと思うな。
SHUCO ヘアロスの人の役に立つ活動がしたい思っても、なかなか行動に移せなかったんです。もう少し自分をみんなに知ってもらってから始めたほうがいいのかな?とか、いろんな言い訳をしていました。
吉川 わかります。でも、例えば布をどこでもいいからつまみ上げると全部が上がっていくでしょう? 全部が揃うのを待ってたら、一生始まらないと思うんだよね。どこでもいいから引き上げられるポイントがあればいい。そこから始めてしまったら、どうして私はもっと早くやらなかったんだろうと思うはずだよ。
SHUCO ちょっとやる気が出てきました。ありがとうございます!
Photos / Interview : Yasuo Yoshikawa
Text : Tomomi Suzuki